それぞれ朝6時。ガオシンは朝の祈りを捧げ、まだ眠っているタイヤンを起こした。「おい、もうお前のアラーム鳴ってるぞ」「ガオシン、起きたよ」「おう、さっさと顔拭いて来いよ」「おはよう、今日も暑くなりそうだね」コットンに水を含ませて顔を拭いていたタイヤンは、警戒心を持った。顔を隠していたからだった。「悪いね、肌を焼くのは僕たちの好みじゃないんだ」顔周りだけ布を外したその人物は名乗った。「僕はソラ。こっちは、サラ。君たちは随分朝早くから動いているんだね」サラも顔周りの布をゆるめて顔を見せた。「ユエリャン…?」タイヤンはつい彼女の名前を口にした。とても似ていたのだった。「よく似てるって言われるから、気にしないで」しかし、肌の色は黄色人種であり、目の色はユエリャンに似てはいたものの、緑がかったブラウンだった。「ユエリャンとは知り合いなのかい?」ガオシンはいつまでも戻ってこないタイヤンを呼ぼうとした。「タイヤン!早く戻って来いよ!あ?…その2人は?」「いや、まだ用事は聞いてないよ。ただ、突然来たんだ」「長老から何も聞いてない?僕たちは手伝いに来たんだ。水質調査と地層、地質調査のね」ソラは笑顔で言った。「君たちが?ずいぶん若いんだね、ここの地元の人?」ガオシンは驚いてそう言った。サラはともかく、ソラはかなり幼い印象だった。「僕はね、ここの出身だけど、サラは見ての通り違うよ。」ソラは元のように顔を隠した。日を浴びるのが相当嫌いなようだった。ガオシンはふと、ユエリャンを思い出して言った。「ユエリャン…彼女は人間なのか?」ソラは慌てて言った。「おいおい、こんな時にいきなり人種差別かい?」サラは再び顔を布で覆いながら、重ねて言った。「彼女に再会することがあれば、本人に深く訊くといいと思うけど、そんな言い方では何も話してくれないでしょうね」ガオシンは、「いや、あまりにも…うちのタイヤンは不思議な出会い方をしたらしいからね」サラは目を伏せて、「そうかもしれないね、ユエリャンのことを知らないと、本当にただの不思議な人、いいや、人としてさえ不思議な風にしか見えないだろうから」サラは付け加えて言った。彼女は外見はああだけど、二つの故郷を大事に思っているからこそここにいる、と。ガオシンはサラに尋ねた。「あのさ、俺たちだって、ここを大事に思っているさ。それはわかるよね?研究のためだけじゃない、政治のためでもない、自分のためにここを大事にしてるんだ」ソラが、サラの代わりに答えた。「それは、人に利用されても目的が果たされれば何が起きても構わないってことかな」「どういうことだ?」タイヤンが口を出した。「誰かに利用されるってことか?」「わかってないね、タイヤンもガオシンも、そしてユエリャンも僕たちも、それぞれ所属してる政府ってものがあるだろう。それが…」サラがソラの発言を止めた。「ある程度の犠牲は何にも付き物だよ、ソラ。この話はきれいなものじゃない。わかってちょうだい」ソラはむくれてあっちを向いた。「政治的に停滞しているって言いたいんだろう?それは知ってるよ。情報をすぐに手に入れられる状態じゃない自分たちがふとしたことで犠牲になる可能性だって考えてる。」タイヤンは、はっきり言った。「それでもさ、水脈を見つけて、政治の利害関係よりここの利益を何とかしたいんだよ。俺の母方のずっと昔の血筋はここに由来することが、随分前にわかってね。俺はここと繋がってるんだよ。」「でも、それで子孫の命が犠牲になっちゃしょうがないだろう?」ソラが続けて冷たい言葉を放った。「人の命ってのは、この国じゃ政府からの預かりものだ、しかも他の国だって似たようなことをやってるじゃないか。道具として扱っている奴が近くにいるってわかっててそれをやってるのか」タイヤンはソラに飛びかかって殴った。「この馬鹿野郎、これ以上何が言いたい?人を見下すだけ見下して、その女にくっついて歩いて---」ソラもその言葉を聞いて、タイヤンに一発くれてやった。「いい加減にしろ!これは僕の選択だ!」ガオシンとサラが、タイヤンとソラを離した。タイヤンは言った。「サラとソラの関係は?どういう経緯があってここに来た?それを答えてみろ」「ユエリャンのお願いでここに来たんだ。そして、私たちはきょうだいでもないし、恋人でもない。ただ、お国も民族も嫌になった同士の仲間さ…」サラは、ただそう言って、仲間を増やすのがいやならユエリャンをがっかりさせることになる、とも言った。「ユエリャンのことは嫌いかい?」「いいや。別に」「先生から話は聞いてるよ。」サラの言葉にハッとして、タイヤンとガオシンは2人を見た。「何だって?」次は、ソラが言った。「先生はここの人数を増やすんだろ。協力したい」4人は、昼になるまで地面を掘ったり、そこから出てくる「古いもの」を片づけたりしながら多少の会話を続けた。「君たちの先生は、僕たちの先生の師匠らしくてね。教育を受けるのが難しかったこのエリアでは相当お世話になったらしくてね」ソラが語る。「そういえば、うちの先生は、数年街を離れて、都市部から砂漠地帯に教育のためにインターンをするシステムを作ったと言っていた」ガオシンは興味深そうにそう言った。「利用するというのは、悪用することとは違う。さっきは悪かったな、タイヤン」タイヤンは突然話を振られて、奇妙な気分になっていた。「うん、まあこっちも悪かったよ。…でも、悪用する奴がいたとしても、ここのためになるなら」「それは違う、湖のためになるなら、って話だよ。タイヤンは水脈のことばかり考えているが、それは違う。ここに必要なのは、生活することだけじゃないんだ」「どういうことだ?」タイヤンとガオシンは手を止めた。「僕たち砂漠地域の人間にとって、必要なのは援助だけじゃない、商売道具が必要だ。それは、ロプ湖の--」「よりよい塩、か」ガオシンが口を挟むと、サラとソラは目を見開いて頷いた。「話はわかった。…ところで、その荷物」「ああ、これはね 楽器。傷んでも構わないものを持ってきただけだから、気にしないで」サラは何気なく言ったつもりだったが、ガオシンは少し異様なものを見たかのような表情になった。「ま、お近づきのしるしに、一曲いきますか」ソラは帽子をかぶり、一音、軽く吹いた。そして、顔だけ出したサラと視線をちらりと合わせ、「Cheek to Cheek」が始まった。ソラの演奏が遠くに流れていく。サラの声が遠くに届いている。遠くにいる人がこちらに目をやっては、手を叩いては一緒に歌っている。「さて、レイフォンの方はどうなっていますかね」「まったくの外国出身者を呼ぶというのは、なかなかに難しい状況ですよ。しかし彼らは元貴族だ。キャッシュの問題も、政治的な重石としても比較的いい条件です。今、まだ返事を待っているところです。しかたがありません。」薄汚れた受話器を持って、サラたちの「先生」は答えた。「いい返事を、待っているよ。とてもいい返事をね」「雷風: Maksim」と書かれた書類を手に持って、サラたちの「先生」は静かに笑っていた。その時。マクシムは、大量の本を運んでいた。Maksim、と名前の書かれたノートを、クラスメイトとおぼしき女性に渡していた。「ねえ、課題を見せてくれるのはありがたいんだけどさ、あの砂漠に行くって本気?確かにマクシムは南部出身だから暑いのは平気だとは思うけど、大丈夫?しかも、一人で?」「いいや、俺一人ではないよ。」言語学の本を一冊、図書館の机にできた山から取り出すと目を大きく見開いてこういった。「パートナーをひとり連れていくんだ」「へえ、やっぱ彼女連れていくの?」「そのつもりだよ、Sofiaは最高に頭がいいからね」「マクシム!もうビザの問題は解決したの?」「ソフィア、あなたも砂漠に行くの?」「そうだよ、こんな機会はなかなか得られないと思うからね。しばらくは、化粧もファッションも諦めなきゃいけないけどね。ニーナ、あなたともしばらくお別れ。」「寂しいね、でもうまくいくように祈ってる!」ニーナとソフィアは軽く抱き合った。「ところで出発はいつ?」ニーナが尋ね、マクシムが答えた。「乾期が冬だっていうから、それが過ぎたら行かなくてはならないな」「あっと言う間だね、じゃあ春にはもういないのね」ソフィアが答えた。「そうね、水脈がどうとか言ってたから、乾期が過ぎないと川も現れないでしょう、湖もね」 2024.5.8(Wed) 09:22:45 さまよえる湖
朝6時。ガオシンは朝の祈りを捧げ、まだ眠っているタイヤンを起こした。「おい、もうお前のアラーム鳴ってるぞ」「ガオシン、起きたよ」「おう、さっさと顔拭いて来いよ」
「おはよう、今日も暑くなりそうだね」コットンに水を含ませて顔を拭いていたタイヤンは、警戒心を持った。顔を隠していたからだった。「悪いね、肌を焼くのは僕たちの好みじゃないんだ」顔周りだけ布を外したその人物は名乗った。「僕はソラ。こっちは、サラ。君たちは随分朝早くから動いているんだね」
サラも顔周りの布をゆるめて顔を見せた。「ユエリャン…?」タイヤンはつい彼女の名前を口にした。とても似ていたのだった。「よく似てるって言われるから、気にしないで」しかし、肌の色は黄色人種であり、目の色はユエリャンに似てはいたものの、緑がかったブラウンだった。「ユエリャンとは知り合いなのかい?」
ガオシンはいつまでも戻ってこないタイヤンを呼ぼうとした。
「タイヤン!早く戻って来いよ!あ?…その2人は?」
「いや、まだ用事は聞いてないよ。ただ、突然来たんだ」
「長老から何も聞いてない?僕たちは手伝いに来たんだ。水質調査と地層、地質調査のね」ソラは笑顔で言った。
「君たちが?ずいぶん若いんだね、ここの地元の人?」
ガオシンは驚いてそう言った。サラはともかく、ソラはかなり幼い印象だった。
「僕はね、ここの出身だけど、サラは見ての通り違うよ。」ソラは元のように顔を隠した。日を浴びるのが相当嫌いなようだった。
ガオシンはふと、ユエリャンを思い出して言った。
「ユエリャン…彼女は人間なのか?」
ソラは慌てて言った。
「おいおい、こんな時にいきなり人種差別かい?」
サラは再び顔を布で覆いながら、重ねて言った。
「彼女に再会することがあれば、本人に深く訊くといいと思うけど、そんな言い方では何も話してくれないでしょうね」
ガオシンは、「いや、あまりにも…うちのタイヤンは不思議な出会い方をしたらしいからね」サラは目を伏せて、「そうかもしれないね、ユエリャンのことを知らないと、本当にただの不思議な人、いいや、人としてさえ不思議な風にしか見えないだろうから」
サラは付け加えて言った。彼女は外見はああだけど、二つの故郷を大事に思っているからこそここにいる、と。
ガオシンはサラに尋ねた。「あのさ、俺たちだって、ここを大事に思っているさ。それはわかるよね?研究のためだけじゃない、政治のためでもない、自分のためにここを大事にしてるんだ」
ソラが、サラの代わりに答えた。
「それは、人に利用されても目的が果たされれば何が起きても構わないってことかな」
「どういうことだ?」タイヤンが口を出した。「誰かに利用されるってことか?」
「わかってないね、タイヤンもガオシンも、そしてユエリャンも僕たちも、それぞれ所属してる政府ってものがあるだろう。それが…」サラがソラの発言を止めた。「ある程度の犠牲は何にも付き物だよ、ソラ。この話はきれいなものじゃない。わかってちょうだい」ソラはむくれてあっちを向いた。
「政治的に停滞しているって言いたいんだろう?それは知ってるよ。情報をすぐに手に入れられる状態じゃない自分たちがふとしたことで犠牲になる可能性だって考えてる。」タイヤンは、はっきり言った。「それでもさ、水脈を見つけて、政治の利害関係よりここの利益を何とかしたいんだよ。俺の母方のずっと昔の血筋はここに由来することが、随分前にわかってね。俺はここと繋がってるんだよ。」
「でも、それで子孫の命が犠牲になっちゃしょうがないだろう?」ソラが続けて冷たい言葉を放った。「人の命ってのは、この国じゃ政府からの預かりものだ、しかも他の国だって似たようなことをやってるじゃないか。道具として扱っている奴が近くにいるってわかっててそれをやってるのか」
タイヤンはソラに飛びかかって殴った。「この馬鹿野郎、これ以上何が言いたい?人を見下すだけ見下して、その女にくっついて歩いて---」ソラもその言葉を聞いて、タイヤンに一発くれてやった。「いい加減にしろ!これは僕の選択だ!」
ガオシンとサラが、タイヤンとソラを離した。
タイヤンは言った。「サラとソラの関係は?どういう経緯があってここに来た?それを答えてみろ」
「ユエリャンのお願いでここに来たんだ。そして、私たちはきょうだいでもないし、恋人でもない。ただ、お国も民族も嫌になった同士の仲間さ…」サラは、ただそう言って、仲間を増やすのがいやならユエリャンをがっかりさせることになる、とも言った。「ユエリャンのことは嫌いかい?」「いいや。別に」
「先生から話は聞いてるよ。」
サラの言葉にハッとして、タイヤンとガオシンは2人を見た。「何だって?」次は、ソラが言った。
「先生はここの人数を増やすんだろ。協力したい」
4人は、昼になるまで地面を掘ったり、そこから出てくる「古いもの」を片づけたりしながら多少の会話を続けた。
「君たちの先生は、僕たちの先生の師匠らしくてね。教育を受けるのが難しかったこのエリアでは相当お世話になったらしくてね」ソラが語る。「そういえば、うちの先生は、数年街を離れて、都市部から砂漠地帯に教育のためにインターンをするシステムを作ったと言っていた」ガオシンは興味深そうにそう言った。「利用するというのは、悪用することとは違う。さっきは悪かったな、タイヤン」タイヤンは突然話を振られて、奇妙な気分になっていた。「うん、まあこっちも悪かったよ。…でも、悪用する奴がいたとしても、ここのためになるなら」
「それは違う、湖のためになるなら、って話だよ。タイヤンは水脈のことばかり考えているが、それは違う。ここに必要なのは、生活することだけじゃないんだ」「どういうことだ?」タイヤンとガオシンは手を止めた。
「僕たち砂漠地域の人間にとって、必要なのは援助だけじゃない、商売道具が必要だ。それは、ロプ湖の--」
「よりよい塩、か」ガオシンが口を挟むと、サラとソラは目を見開いて頷いた。
「話はわかった。…ところで、その荷物」
「ああ、これはね 楽器。傷んでも構わないものを持ってきただけだから、気にしないで」サラは何気なく言ったつもりだったが、ガオシンは少し異様なものを見たかのような表情になった。
「ま、お近づきのしるしに、一曲いきますか」
ソラは帽子をかぶり、一音、軽く吹いた。そして、顔だけ出したサラと視線をちらりと合わせ、「Cheek to Cheek」が始まった。
ソラの演奏が遠くに流れていく。サラの声が遠くに届いている。遠くにいる人がこちらに目をやっては、手を叩いては一緒に歌っている。
「さて、レイフォンの方はどうなっていますかね」
「まったくの外国出身者を呼ぶというのは、なかなかに難しい状況ですよ。しかし彼らは元貴族だ。キャッシュの問題も、政治的な重石としても比較的いい条件です。今、まだ返事を待っているところです。しかたがありません。」薄汚れた受話器を持って、サラたちの「先生」は答えた。「いい返事を、待っているよ。とてもいい返事をね」
「雷風: Maksim」と書かれた書類を手に持って、サラたちの「先生」は静かに笑っていた。
その時。マクシムは、大量の本を運んでいた。Maksim、と名前の書かれたノートを、クラスメイトとおぼしき女性に渡していた。「ねえ、課題を見せてくれるのはありがたいんだけどさ、あの砂漠に行くって本気?確かにマクシムは南部出身だから暑いのは平気だとは思うけど、大丈夫?しかも、一人で?」「いいや、俺一人ではないよ。」言語学の本を一冊、図書館の机にできた山から取り出すと目を大きく見開いてこういった。「パートナーをひとり連れていくんだ」「へえ、やっぱ彼女連れていくの?」「そのつもりだよ、Sofiaは最高に頭がいいからね」
「マクシム!もうビザの問題は解決したの?」「ソフィア、あなたも砂漠に行くの?」「そうだよ、こんな機会はなかなか得られないと思うからね。しばらくは、化粧もファッションも諦めなきゃいけないけどね。ニーナ、あなたともしばらくお別れ。」「寂しいね、でもうまくいくように祈ってる!」ニーナとソフィアは軽く抱き合った。
「ところで出発はいつ?」ニーナが尋ね、マクシムが答えた。「乾期が冬だっていうから、それが過ぎたら行かなくてはならないな」「あっと言う間だね、じゃあ春にはもういないのね」ソフィアが答えた。「そうね、水脈がどうとか言ってたから、乾期が過ぎないと川も現れないでしょう、湖もね」