さまよえる湖ユエリャンは、サラとソラの「先生」と話していた。「このような結果になってしまい、とても残念です。しかし、ご尽力ありがとうございました」「ユエリャン、君は諦めてしまうのか?」「はい。ただ、ここにいる人たちをできるだけ助けてあげられませんか」「それは構わない。もし私が意図したことだと明らかになれば後で色々な方面から非難されるだろうが、この街や砂漠の少数民族に情報を流すのは簡単なことだ。混乱に乗じて情報元を隠すことは容易になりえるだろう。約束は守る。」「お願いします」扉を開けて、出ていこうとするユエリャンに「先生」は言った。「君はどうするんだ、ここに残るのか」「まだ、私の呼んだ人たちがここにいるのに、あっちに逃げる訳にはいきません。私はここにいるからこそ役に立っていたのですから、逃げてはいけません。先生が早くこの街を離れてくださらないと、私も離れません」一方で、サラたちは街に戻り荷物を置いて、バス停の行列を目にしていた。タイヤンはこの騒ぎに紛れて、いなくなってしまっていた。夜だというのに、人も車も通りにいっぱいあふれていた。異なる文字の書かれたバスまで来ていた。「いつの間に、情報がこちらへ流れてたんだろう」ソラは驚いて言った。ガオシンとソラは言った。「長老は早くこの車でお逃げになってください。村人が順調にこの街を離れていますから、心配はいりません。」マクシムから丁寧に習った言葉で、最初には困難だった言葉の壁はすっかり取り払われていた。「申し訳ないが、この体では自由も利かないし迷惑をかけてしまう。君たちも早く逃げるように」「大丈夫です、長老」ソラははっきりと言った。「俺たちは大丈夫です」長老が車に乗ってからガオシンは言った。「大丈夫なわけがないだろ」「そんなこと言えないよ」ソラは悔しさのために、眉に力を込めた。「そんなこと言ってる暇はないよ、早く動かないと」「サラは平気なのかよ」「恐怖なんて感じてないよ」サラは、茶色い髪を軽くまとめた。「とにかく街にいて、先生たちに協力をお願いしないと。」「タイヤンを探さないのか?!」ガオシンは叫んだ。「こんな時にいなくなるとか聞いてないよ、放っておけばいいだろ!」ソラは出会ったばかりの頃のように喧嘩腰で怒鳴った。ユエリャンは、湖へと向かっていた。「私がここにいても、だめなんだ。それなら尚更、ここにいなきゃね」ユエリャンの顔を隠していた布が風に揺られ、伏せた顔に暗くなった緑色の瞳が見える。タイヤンたちがもうここを離れたことに気がつくと、ユエリャンは一度目を閉じた。「せっかくあっちに水脈があるって教えてあげられるのに、こんな状況じゃ水を必要とする人がいなくなっちゃうね…」ユエリャンはそれでも歩き続け、湖にたどり着いた。真っ暗だったが、既に月明かりで砂漠は明るかった。「水、水。そして塩水…」「タイヤンたちはもう無事に帰ったかな。見あたらないってことはとりあえず一安心」ユエリャンは目を閉じて、砂漠の湖に入った。「私はここにいるべきなんだから」月がより強く明るく砂漠を照らしている。ユエリャンは記憶を巡らせた。父の国、母の国、どちらからも深くは受け入れられず、ただ利用されるだけだった幼い時代を。どちらも愛すべき故郷だったけれど、自らを愛した両親の出会ったこの砂漠を、ユエリャンは離れるつもりは一切なかった。自分を嫌う、父の村の関係者にとっては、唯一の「外部へのつながり」だったからと、その役に立つことを選んだユエリャンは、脚を塩水に浸したまま静かに立っていた。何時間も経って、ユエリャンは遠くに火が見えることに気がついた。「諦める他ないって話か…」ユエリャンはタイヤンたちの顔を思い浮かべた。「彼らが無事なら、またほとぼり冷めた頃にここにくるだろうけど」遠くの街は燃えている。「みんなもう戻ってこないかもしれないね」「諦める時間が来るのを待つしかないというのも気分が悪いけれど、そのために生きてきたようなものなんだから、諦めるのは死ぬ時を待ってからにするべきだとは思う。ねえロプノール、あんたここで消えちゃうかもね。まだここで生きることを願ってる奴らのために何かやってやろうとは思わない?」冷たい夜の風が吹いて、ユエリャンは頭の覆いを取り払った。布が一枚水面に落ちて、ゆっくりと沈んでいく。何時間も経った頃、タイヤンの声が響いた。「ユエリャン!」タイヤンは特になにも言わなかった。ただひとつの他は。「この湖になぜそこまでこだわるんだ。ただの塩水じゃないか。塩を取り除かなきゃ飲めない。確かに商売には使えるかもしれないけれど」「知らなかった?私はこの湖そのもの」「私はどこの人でもない」「ただこの砂漠にいるほか何の目的もないよ」ユエリャンは続けて言った。「私はここを離れない。でもよく来てくれたと思ってる。引き替えにいいものを」そうして、白い火がたくさん降ってくるのを、タイヤンとサラは見た。「信じても何にもならないことくらいは、理解してね」ユエリャンはタイヤンを湖の中へと導いた。「こっちの方が安全」そうして、ユエリャンはタイヤンの首を強烈な力で、信じられないような力で、湖の中へと沈めた。タイヤンは激しく暴れた。ユエリャンの声がひとつだけ聞こえた。「私はいなくなるけど、ひとつだけいいものをあなたたちにあげる」空爆の炎が湖を包み、二人は湖ごと消えた。遠くからヘリの音が聞こえる。マクシムとガオシンの強い叫び声が聞こえる。非常に強い雨と、風の吹いている中で、タイヤンは意識を取り戻した。サラの声が聞こえる。タイヤンは初めて口をきいた。「湖と、ユエリャンはどこに」「タイヤン、諦めなさい。ユエリャンは見つからなかった。」「サラ、どうして止めなかった」サラは顔を背けた。タイヤンは、医者から許可をもらった後、砂漠に向かうつもりだった。病室を立ち去ろうとするタイヤンに、大きな陰が話しかけた。「おい、タイヤン。湖を探しに行くのか?いい話がある。お前の見つかったところに、大きな水脈が見つかった。」マクシムだった。「お前が寝てる間に探したんだよ。政府は今メチャクチャだ、勝手に入ろうが出ていこうが、誰も意に介さない。あの民族たちが戻ろうとしているんだよ」マクシムの後ろから出てきて、ソフィアは言った。「ユエリャンを探しに行くの?」タイヤンは言った。「いいや。いいんだ。水脈を掘り起こして、早く村の人が戻ってこれるようにしよう。ユエリャンはそうしてほしかったんだ。」(了) 2024.5.8(Wed) 09:24:27 さまよえる湖
ユエリャンは、サラとソラの「先生」と話していた。「このような結果になってしまい、とても残念です。しかし、ご尽力ありがとうございました」
「ユエリャン、君は諦めてしまうのか?」「はい。ただ、ここにいる人たちをできるだけ助けてあげられませんか」「それは構わない。もし私が意図したことだと明らかになれば後で色々な方面から非難されるだろうが、この街や砂漠の少数民族に情報を流すのは簡単なことだ。混乱に乗じて情報元を隠すことは容易になりえるだろう。約束は守る。」
「お願いします」
扉を開けて、出ていこうとするユエリャンに「先生」は言った。
「君はどうするんだ、ここに残るのか」
「まだ、私の呼んだ人たちがここにいるのに、あっちに逃げる訳にはいきません。私はここにいるからこそ役に立っていたのですから、逃げてはいけません。先生が早くこの街を離れてくださらないと、私も離れません」
一方で、サラたちは街に戻り荷物を置いて、バス停の行列を目にしていた。タイヤンはこの騒ぎに紛れて、いなくなってしまっていた。夜だというのに、人も車も通りにいっぱいあふれていた。異なる文字の書かれたバスまで来ていた。「いつの間に、情報がこちらへ流れてたんだろう」ソラは驚いて言った。ガオシンとソラは言った。「長老は早くこの車でお逃げになってください。村人が順調にこの街を離れていますから、心配はいりません。」マクシムから丁寧に習った言葉で、最初には困難だった言葉の壁はすっかり取り払われていた。「申し訳ないが、この体では自由も利かないし迷惑をかけてしまう。君たちも早く逃げるように」
「大丈夫です、長老」ソラははっきりと言った。「俺たちは大丈夫です」
長老が車に乗ってからガオシンは言った。「大丈夫なわけがないだろ」「そんなこと言えないよ」ソラは悔しさのために、眉に力を込めた。「そんなこと言ってる暇はないよ、早く動かないと」「サラは平気なのかよ」「恐怖なんて感じてないよ」サラは、茶色い髪を軽くまとめた。「とにかく街にいて、先生たちに協力をお願いしないと。」「タイヤンを探さないのか?!」ガオシンは叫んだ。「こんな時にいなくなるとか聞いてないよ、放っておけばいいだろ!」ソラは出会ったばかりの頃のように喧嘩腰で怒鳴った。
ユエリャンは、湖へと向かっていた。「私がここにいても、だめなんだ。それなら尚更、ここにいなきゃね」ユエリャンの顔を隠していた布が風に揺られ、伏せた顔に暗くなった緑色の瞳が見える。タイヤンたちがもうここを離れたことに気がつくと、ユエリャンは一度目を閉じた。「せっかくあっちに水脈があるって教えてあげられるのに、こんな状況じゃ水を必要とする人がいなくなっちゃうね…」
ユエリャンはそれでも歩き続け、湖にたどり着いた。真っ暗だったが、既に月明かりで砂漠は明るかった。「水、水。そして塩水…」
「タイヤンたちはもう無事に帰ったかな。見あたらないってことはとりあえず一安心」ユエリャンは目を閉じて、砂漠の湖に入った。「私はここにいるべきなんだから」月がより強く明るく砂漠を照らしている。
ユエリャンは記憶を巡らせた。父の国、母の国、どちらからも深くは受け入れられず、ただ利用されるだけだった幼い時代を。どちらも愛すべき故郷だったけれど、自らを愛した両親の出会ったこの砂漠を、ユエリャンは離れるつもりは一切なかった。自分を嫌う、父の村の関係者にとっては、唯一の「外部へのつながり」だったからと、その役に立つことを選んだユエリャンは、脚を塩水に浸したまま静かに立っていた。
何時間も経って、ユエリャンは遠くに火が見えることに気がついた。「諦める他ないって話か…」ユエリャンはタイヤンたちの顔を思い浮かべた。「彼らが無事なら、またほとぼり冷めた頃にここにくるだろうけど」遠くの街は燃えている。「みんなもう戻ってこないかもしれないね」
「諦める時間が来るのを待つしかないというのも気分が悪いけれど、そのために生きてきたようなものなんだから、諦めるのは死ぬ時を待ってからにするべきだとは思う。ねえロプノール、あんたここで消えちゃうかもね。まだここで生きることを願ってる奴らのために何かやってやろうとは思わない?」冷たい夜の風が吹いて、ユエリャンは頭の覆いを取り払った。布が一枚水面に落ちて、ゆっくりと沈んでいく。
何時間も経った頃、タイヤンの声が響いた。
「ユエリャン!」
タイヤンは特になにも言わなかった。ただひとつの他は。
「この湖になぜそこまでこだわるんだ。ただの塩水じゃないか。塩を取り除かなきゃ飲めない。確かに商売には使えるかもしれないけれど」
「知らなかった?私はこの湖そのもの」
「私はどこの人でもない」
「ただこの砂漠にいるほか何の目的もないよ」
ユエリャンは続けて言った。
「私はここを離れない。でもよく来てくれたと思ってる。引き替えにいいものを」
そうして、白い火がたくさん降ってくるのを、タイヤンとサラは見た。
「信じても何にもならないことくらいは、理解してね」
ユエリャンはタイヤンを湖の中へと導いた。
「こっちの方が安全」
そうして、ユエリャンはタイヤンの首を強烈な力で、信じられないような力で、湖の中へと沈めた。タイヤンは激しく暴れた。ユエリャンの声がひとつだけ聞こえた。「私はいなくなるけど、ひとつだけいいものをあなたたちにあげる」
空爆の炎が湖を包み、二人は湖ごと消えた。
遠くからヘリの音が聞こえる。
マクシムとガオシンの強い叫び声が聞こえる。
非常に強い雨と、風の吹いている中で、タイヤンは意識を取り戻した。
サラの声が聞こえる。
タイヤンは初めて口をきいた。
「湖と、ユエリャンはどこに」
「タイヤン、諦めなさい。ユエリャンは見つからなかった。」
「サラ、どうして止めなかった」
サラは顔を背けた。
タイヤンは、医者から許可をもらった後、砂漠に向かうつもりだった。病室を立ち去ろうとするタイヤンに、大きな陰が話しかけた。「おい、タイヤン。湖を探しに行くのか?いい話がある。お前の見つかったところに、大きな水脈が見つかった。」マクシムだった。「お前が寝てる間に探したんだよ。政府は今メチャクチャだ、勝手に入ろうが出ていこうが、誰も意に介さない。あの民族たちが戻ろうとしているんだよ」
マクシムの後ろから出てきて、ソフィアは言った。
「ユエリャンを探しに行くの?」
タイヤンは言った。
「いいや。いいんだ。水脈を掘り起こして、早く村の人が戻ってこれるようにしよう。ユエリャンはそうしてほしかったんだ。」
(了)