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Little stories

夢か何かだったのかもしれない

No.5

「みどりが消えた…アキがやったんだな」その人は、アキの部屋に飾られていた写真に写っていた人物だった。「アキはよくできてる」「よく、昔の友人の残骸を処分できたもんだな」

「今はヨシという男と一緒にいるのか」
「取り戻したいところだ。俺のもんだ」
「なあ、アキ」「タカシという人物はネット上に俺らのようなヤツとしては何も残っていないよな。もっとよく調べてみるべきじゃねーかと思ってるんだけどさ」「あたしも調べてみるよ。あのクセが、知ってるヤツに似ているんだ」ヨシは真面目な顔になって、言った。「お前さ、何か黙ってることがあるよな」

「…知ったところで役に立たないことさ」「お前が海に潜ってる間に気付いた。お前の魂は命と別々になってるんじゃないのか」「…どういうことか言ってみな」「アキの命は、体に存在していて、魂とは別々になっているということだろう。アキは普通の人間ではないとは時々思ってはいたけどよ」ヨシは、アキを引き寄せて唇にキスし、続けた。
「それでもお前は生きている。実体のあるこの世界だけでも、ちゃんと生きている。みどりとは違ってな。」

「私たちの、新しいマシン…これで私たちはどれだけ動けるのかしらね」
「さあ、トモエさん、みどりの残骸が残っていないか探しましょう。あれだけの膨大なデータです、どこかに残っていてもおかしくはないのですから」
トモエは同僚に言われて、答えた。
「そうですね、できることから始めるしかない。私たちがどんなに遅れを取っても、追いつかなくてはなりません。やりましょう!」部下は新しいマシンに喜びの声を上げて画面に向かった。「…アキたちは今頃何をしているのかしらね」

ヨシとアキは2人でネットワークの中を泳いでいた。
「アキ」その声に振り向いた瞬間、ヨシは背中を刺されていた。
「ヨシ!」アキはヨシを抱きかかえて怒鳴った。
「何すんだ!」アキはそいつの顔を、見た。「…カシ」「…覚えていたんだね。そう、忘れられるはずがないよね…。さあ、アキ、僕と一緒に行こう」
アキの瞳は一瞬、揺らいだ。
「僕との思い出を忘れたのかい?冷たいなあ…」
アキはもう一度仕掛け銃を「水面に向けて」撃った。その瞬間、アキとヨシはネットワークの外に出ていた。
「おい、ヨシ、大丈夫か?」
「いてーな…ひどい奴と知り合いだな?何者だ?」

「正直に言おうか。あいつは」ヨシの背中を拭いて、絆創膏をあてがって続けた。「あたしの元彼さ」
「マジかよ?随分危険な人物を彼氏に選んだもんだな」
アキは炭酸水をボトルのまま飲みながら、あぐらをかいて座った。「けど、あれは本人じゃない。あいつは自分のコピーをネットワーク上に作ったことがある。そして、あたしも自分のコピーを作ったことがある。」
「お前は…どっちなんだ?オリジナルか?コピーか?」「オリジナルのあたしのデータはオリジナルのカシに殺された。データだけ壊れるように、ここ(頭を指で指して)に、無理矢理ウイルスを流し込んだ。そうすればその当時は殺人にはならなかった。まだそんな法律、できてなかったからさ。で、理由は周囲に人の集まる自分の彼女に嫉妬。オリジナルのカシはその後カラダごと自殺した。あたしはコピー。だけど」

ぐびぐび、と飲み干して、また続けた。
「あたしのプログラムは自分の魂といのちを受け入れられるように作ってあった。そして、元の体にあてがっておいた腕時計から」ヨシが続けた。「その中に入った、というわけか」

「そういうことさ」

「お前は、元、とはいえ、彼氏のコピーを殺せるのか?」アキは答えなかった。ヨシはアキを抱きしめた。
「馬鹿、しつこいよ」
ヨシはこの時、違和感を持った。
「アキ、お前何歳になった?」
「このコピーを作った時はまだ学生さ…」
ヨシは離れて言った。
「俺、犯罪者にはなりたくねーな」アキは笑って言った。
「あたしの仲間になってるんだから、十分、上等な犯罪者だよ…少なくとも倫理上は、あたしは嫌われ者さ」

ヨシは、この夜からアキの部屋に寝泊まりすることになった。

朝。
「あいつのデータ、どっかに残ってないか」
ヨシは頭をボリボリ掻きながら言った。
「どういうことだ?」
アキは顔を洗って、拭いていた。
「設計書だよ、設計書。何しろ人物をコピーするのに、大体の設計書もなしに作れるほどの天才はなかなかいないだろう」
「なるほどねー。確かに学校のデータの中に凍結されて眠ってるはず。あれ取ってくればーー」
「ダメだ」
「何でさ?」
「アキ自身が狙われてんだぞ。捜し物程度で危険にさらす訳にはいかないじゃねーか。クルマ使うぞ」
「めんどくせ」
「それに、みどりの時に周囲のネットワークをいくらか巻き添えにしてるから、今あの中に入り込むのはちょっと難しいんじゃないか」
「それもそうだな、しばらく修復プログラムが動いてるだろうし」

クルマを走らせて30分。
「あのさ、お前そんなにあたしを大事大事することねーじゃん」「何だよ、俺の命の恩人、そして俺の愛するお前の一大事じゃねーか」

アキは冷たい目でじっとヨシをにらんだ。
「…そんな大した奴じゃないよ、あたしは」
「あれがアキとあいつのいた学校だな?」
遠目にフェンスと正門が見える。
「そうだ」
「様子がおかしいと思わねーか。平日の午前中に教室が真っ暗ってこたぁないだろ」
「…なんだよ、閉校しちまったのかな」
アキは残念そうに言った。

「別行動はダメだ。特にヨシは体が失われたら最後だ。コピーは二度と作りたくねえ。同時に動くぞ」「わかってる」しばらくすると他の問題が見えてきた。「警備さえ切れてるぞ」ヨシはセキュリティを見ると、そう言った。

「あった。あいつのメモだ…なんだこりゃあ?あいつ…本当にいのちも魂も捨ててしまったんだな。確定だ」アキは失望していた。話し合って決着の付くようなものではないことを、アキは理解した。「どういうことだ?」

アキはヨシにかいつまんで説明した。

体に命が宿り、精神に魂が宿る。そして命と魂、体と精神は単純な関係とバランスを保って、「生存」することができる。アキは精神と思考をプログラムに乗せて人格とした。そしてその精神に魂そのものを宿らせたまま、命の半分を精神の中に、もう半分を体に閉じこめ、ふたつが合わさった時に「普通の人間」になることができる。電子世界を、ネットワークを他の人物より自由自在に動くことができるのは、ネットワークに自分を乗せた時、自身が半分の命を体に置いてきた分だけ「身軽」だから。普通は体だけを外に置いていくため、いのちと魂、そして精神と思考すべてをもって行かなくてはならない。…しかし、あの男は体と命を捨てて、精神をプログラムに乗せただけの存在になっていた。

「あいつは、ただのプログラムだ。コピーなんだよ。あたしへの執着を乗せただけのね。ネットワーク上にしか存在できないから、消すにはネットワークに入らなくてはならないし、命も魂も失っているから、みどりやあたしより素早い」「一人でやるってのか?危険じゃねーか」

「あたしはヨシの命の恩人なんだろ?じゃあ、あんたが死んだりしたら、無意味になっちまうじゃねえか」いつもの、気の強い顔でアキは笑った。

「ヨシ、クルマに戻るぞ」

ヨシは急に思い詰めた顔になって、「ああ」と頷いた。

アキは部屋に戻るなり、風呂に入って、髪も乾かさず寝てしまった。ヨシは、小型パソコンをネットにつなげることなく、あらゆるものを停止させるためのプログラムをひとつの弾丸に込めていた。

一通り終わると、ぐっすり眠っているアキのベッドに腰掛けて、アキにキスをした。「俺も、少し休むかな…」とソファに横になった。丸めてあった毛布を引っ張りだした。この日、ヨシは酒を飲まなかった。しかし、すぐまどろんでいた。寝付きはあまりいい方じゃないが、だるさをすぐに感じた。昼間は暑いとはいえ、朝夕は既に冷たい風が吹いている。

アキは、学生時代に自分の命と魂を受け入れる器、つまり精神プログラムを組んでいた。荒っぽい割に、時々子供っぽいのはそのせいなんだろうか。魂は、その頃以降の記憶を受け入れているのではないのだろうか。アキは、見た目は十分25歳以降の人間に見えるが、精神と魂は正確にその時を刻んでいるんだろうか…ここまで考えているうちに、ヨシもすっかり寝入ってしまっていた。

何かから逃げるヨシともう一人の姿。ヨシは今より幾分か幼い。それを見つめるアキの姿。同じように、今より少しだけ幼く、髪も少し短い。アキは一瞬だけ動きを止めた「何か」に照準を合わせ、弾丸をぶっ放し、その「何か」を打ち抜いた。アキはその「何か」が人間の姿になり、その人が気がつくと、ヨシとその人物との間に立ち、「さあ、有り金全部出しな、さもなければ、このままアンタを殺してやるよ。放っておけばアンタも寄生虫に殺されてたんだ」その人物はおどおどしながら、現金を少しと電子マネーのカードを出した。その人物に「これを食いな」と言って、アキは記憶を消去するチョコレートを渡した。後ろで立ちすくんでいたヨシは、「俺は、どうしたらいい?」アキはヨシをにらんで言った。「へえ、何も言われていないのに何かを差し出すってか…いい心がけだな?こっちは人手が足りない。有り金全部あたしに渡すか、それとも、あたしの仲間にーー」「なる。それで構わない」

夢はまだ続く。眠りから醒めないヨシの妹の姿。一体、意識はどこに行ってしまったのか、誰も解明できない。そんな事件は、これまでも数件報告されていた。三年経ち、四年経ち、ヨシはもう病院に任せるだけにしていた。まるで、死んでしまった無関係な他人であるかのように…。

遮光カーテンの間からこぼれる強い光に、ヨシは目を覚ました。「…アキ、そろそろ起きよう」か、と言おうとした時、ヨシは初めて、アキに置いて行かれたことに気がついた。アキの身体がそこにあった。「アキ!」パソコンデスクの椅子が倒れている。アキの身体をベッドに戻した後、アキは一人でネットワークの中に入ってしまったことを瞬時に悟り、勢いよく起きると、ローテーブルにメモとディスクがあった。

その2枚のディスクには、「delete」「stop the network」と書かれていた。メモには、「13時には目覚ましをセットしておいたけど、起きたらディスクの中身をチェックしろ ヨシはネットワークには入るな、ただし状況のチェックはしてあたしをフォローするように。これは命令だ、守れよ アキ」と雑に書かれていた。妙に早く寝てしまったアキは、自分が寝ついたすぐ後に起きてパソコンを開いてまとまったプログラムを作りあげ、ネットワークに潜ったのかもしれない。足下のゴミ箱をふと見ると、弱い安定剤のシートが入っていた。「…やられたな。アキ、俺にこれを飲ませたんだな。まったくそれにしたって無駄にしちゃダメだろうが」残りの錠剤の入ったシートをテーブルの上に置いた。

ヨシは時計を確認した。11時。命令の時間にはあと2時間余裕がある。ディスクの中身を確認するには十分だ。しかしディスクの中身をスタンドアローン用のマシンで見た時、ヨシは愕然とした。「アキはあいつを殺すつもりだ…アキは…それでいいのか?」アキはかつて愛したであろう男を殺すのか。しかし、アキは昨日言っていた。コピーだと。「あたしへの執着を乗せただけのね」と。ヨシは心を決めた。「構わねえ、アキがいいんだって言うんだから、後悔も何もねえんだろう」。

「ちっくしょう!カシはどこにいやがるんだ?」ネットワーク上にしか存在できない男なのだから、アキがこの中にいること自体は把握しているはずだった。通信が入る。「アキ、カシはあの学校のネットワークを潰してそこに隠れている」「あれ?ヨシ、起きんの早かったな…そういうことか!ここにくる前に確認したところとは違うところに移動したんだな」「アキ、俺は全力でお前を」「フォローしろよな!」「もちろん!」アキは母校のネットワークの、そのまた中心へと泳ぎ始めた。

「やあ、アキ。僕のところに戻ってきてくれたんだね?」「ええ、ちょっとした用があってね」
冷めた表情でカシに対峙するアキ。
「今のカシにはもう魂も、命もない。ただのデータの固まりで、アンタの抱く感情はただのプログラムだよ」
「ひどいことを言うもんだね…僕の感情は本物だよ?あんなに荒っぽくて品のない男と一緒にいるなんて、君らしくないよ、君は僕といるべきだ」

「アンタはもう生きていないんだ!せめてあたしが弔ってやるよ」
アキは銃を構えた。中にはヨシの作ったプログラムが数個入っている。彼のすべてを「null」にするための。しかし、それは効かなかった。
「僕が君の魂と命を捨ててあげる。そうすればもう君は外の世界に戻れない」

「アキ!」ヨシはディスクを回し、弾丸をアキに送った。

「あんたは、自分の魂すら受け取れない単体プログラムの塊なんだよ」
カシは、アキの魂に触れることができず、慌てふためいていた。
「何故だ?!」
「あんたって本当に愚かだよな。本物のカシが自殺しなかったなら…こんなことにはならなかっただろうな。」
アキは銃弾を撃ちまくった。
「アキ…僕をそんなに嫌いなのかい?」
アキは黙って、銃を向けた。最後の一発が、ヨシの送ってくれた貴重な弾丸だった。

アキは、「ごめんよ。あたしは今生きてるし、そもそもそこにいるあんたは死んでたんだ。あんたご本人はあたしを完全に死なせたと思いこんで、あたしを置いて死んでしまったじゃねーか」カシのプログラムのかけらは、それでもアキの髪を撫でて、そしてフワフワと消えていった。アキの身体にヨシの投げた縄が巻き付いた。
「あんた学生の時は本当にいい奴だったと思うよ」

「それなら、僕と一緒にいてよ」縄の巻き付いたアキが水面に届く前にあの男のコピーが、うっすらと消えかけた手を伸ばし、アキに向かった。ヨシは渾身の力を込めて縄を引っ張った。アキはカシムラに最後の銃弾を放ち、水面からアキが飛び出る。

いつの間にか接続していたディスクを、ヨシは回した。ディスクのばらまいたデータで、学校のネットワークはダウンした。回復するには時間がかかるだろう。

アキとヨシは、母校のネットワークから脱出し、アキの部屋にいた。
「おい、もう終わったんだ。飲みに行こう。俺が払う」「そうだな」
もう、日は傾いていた。

電子世界1

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すべてはフィクションです。

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