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Little stories

夢か何かだったのかもしれない

No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.6, No.57件]

金曜日

携帯が鳴っている。
短い着信音に、メールだとみな気がつく。
今日は、金曜日。


短く切った柔らかい黒髪に、明るいブラウンの瞳が、つやつやと揺れる。彼は故郷を遠く離れ、いわゆる大都市と言われる場所に住んでいた。夜の22時、部屋の照明をつけずにいた。パイン材の薄いベージュ色の机に落ちる他のビルからの白い光で十分部屋は明るいと感じていた。ライトグレーの絨毯の上には、今さっき帰宅したことがわかるような買い物袋が、荷物を入れたまま鞄と一緒に落ちている。彼は一度小さな冷蔵庫にパンを入れるために部屋から玄関の方へと向かった。

戻ってくると、彼はカップにコーヒーを注ぎ、その柔らかく流れていく湯気すら気にすることなく、その文章を見つめていた。

誰が自分に関心を持つものかと、彼は1年前までそう思っていた。彼は受信ボックスを開くと、同じ送信元の並んだリストを見た。彼にメールを送る人はほとんどいないから、そのリストの見える範囲には同じメールアドレスしか見えていない。おそらく、その下を見ても同じメールアドレスしか載っていないだろう。

彼は唇を閉じたまま、そうして時間が過ぎた。

そうして、翌週の金曜日の夜にも同じようにメールが送られてきた。明るさを失ったブラウンの瞳が、柔らかい黒髪から透けて見える。彼はこの一週間を辛い気持ちで過ごしたのだった。帰宅した彼はメールを開いた。悲しさと悔やしさが押し寄せてきたため、一瞬でもそれを忘れようとしていた。彼はメールを開いたものの、読めていなかった。彼は上着やスラックスを脱ぎ、下着のままベッドに入り眠ってしまった。

さて、次の日、彼は起き出して自分の用事をやっていた。あのメールのことはすっかり忘れて、彼はあのままの沈んだブラウンの瞳を繰り返し擦りながら風呂を済ませた。孤独感は増すばかりで、彼は部屋を出て外で過ごすことにした。

太陽の日差しが弱くなっていくのを見ている時、携帯をまったくチェックしていなかったことを彼は突然思い出した。

彼は驚いた。あの不思議なメールの本文には、彼の名前が書かれていたのだった。今まで、彼はこのメールに返信したことは一度もなかった。

「こんにちは、いつき。元気に過ごしているでしょうか。元気にしているといいのだけれど」

メールはこの文だけで終わっている。自分の名前を送信したこともないのに、自分の名前をその人は知っている。不思議だけれど、彼はあまりにも孤独すぎて、それが嬉しかったのだった。

数ヶ月が過ぎ、彼は仕事以外の場でパートナーを作ることができたのだった。そのために、すっかりそのメールのことを忘れていた。金曜日の22時が、訪れた時、2人の携帯が同時に鳴った。彼女は携帯を見ていたが、「毎週金曜日のこの時間に決まってメールが届くんだよね。文面は優しいんだけどさ、何だか気味が悪くて」

彼女は言った。「あんまり、ああいうのに返事しない方がいいよ」チョコレートを口にしながら。「何が目的なのかわからないじゃない?」

「そういうものなのかな」「そうだよ」
彼は、彼女の意見にとりあえず同意することにした。
「そうか、じゃあ、そうしよう」

しかし、火曜日、彼は彼女が自分の知らない男性と親しげに、楽しそうに話しているのを見かけてしまった。「どうしたらいいんだろう」彼は不安になったが、見なかったことにすることにした。一人に戻りたくなかったのだった。話題にすれば、関係が失われるかもしれない、その不安に、彼は耐えられそうになかったのだった。

金曜日の夜が訪れ、彼は一人で自分の部屋にいた。彼女と一緒に過ごしたかったが、声をかける気持ちに、どうしてもなれなかったのだった。しかしそれはまた逆効果で、彼に不安を起こさせた。今頃、彼女はあの知らない男性と一緒にいるのではないか、そうして自分と一緒にいるより楽しく過ごしているのではないか、と。

そうして、また彼はあのメールを見るのだった。「いつき、どうして今一人でいるの」と。今度は名前だけではなく、状況を知っていることに気がついた。彼女は、確か「気味が悪い」と言っていた。彼はふと、返信した。「なぜそんなことを聞くんだ?誰?」すると、すぐに返事が返ってきたのだった。「彼女を一人にしてはいけないと思う。」

そして、彼はもう一度返信した。「彼女が今どこにいるのか、知らないよ。関係ないだろう?」そしてまたすぐにメールが返ってきた。「あなたたちが最後に行った橋の上にいる。すぐに行きなさい」

彼は上着を着て、小さな鞄を持った。走ってその場所へ向かった。彼は彼女の姿を見て息をのんだ。彼女は今、まさに川を見つめてぼんやりとしていた。彼は急いで彼女の元へ行った。「どうしてこっちに来ているのに、連絡してくれなかったんだ?」「何で、いつも通り誘ってくれなかったの、私はあなたに振られたんだと思った。もう、一緒にいたくないってこと?」彼らの近くで、冷たい風が吹き、彼女のニット帽から出ている髪が揺れていた。

彼は、彼女の手を取って歩き始めた。「今でも遅くないかな?」「今日は予約なんて取ってないし、たいしたところも空いてないでしょ」彼女は笑った。暗くなったビルの間から、繁華街に通じる通りが春の強い風に揺れて瞬いていた。

電子世界2

ヨシとアキは他の新しいクルマに乗っていた。
「いいのか、アキ、あれでよ」
「いいんじゃねーの。あたしはもう元のあたしじゃない。ただ本来のあたしがやるべきことを終わらせただけだ」

「なーんだよ、俺がいるじゃんかよ」
片手でアキを抱き寄せるヨシに、
「ヨシはさ、ここであたしがYESとかNOとか言ったら、それで終わりなのか?」
「まあ、妹も嘘だったが、お前が助けてくれたから俺がここにいる事実は変わらねえ。お前が俺と結ばれてくれるまでNOの返事は全部無かったことにしといてやるよ」

「ばーか」

「それよりさ、マトモな職業に就かないか?俺ら、もう悪党を働く理由が無いんだぜ」
「…ま、それもそうだな。」
「俺の行きつけのバーももう行けないが、昔この国でよく一緒に飲んでた仲間がいる。きっと今週末もいるだろう。そこで仕事探そうぜ」
「いいな、それ。もうあたしは自由なんだよな」
「もちろん、俺の彼女として紹介するからな、じゃないと色々面倒くさい連中だからな」
「類は友を呼ぶってヤツだな」
「Exactly!」

こうやって、アキとヨシはトモエやみどりのことを一旦忘れ、他の国へと渡ったのだった。長く続くと思われた悪党としての生活をも忘れることができるかは、彼女たちの巡り合わせによるだろう。

(了)

電子世界1

「あんたの記憶はあたしが作った。あんたはあたしのもんだ。そして、体はみどりのもんだ。あんたの魂を、あんたの体に戻そうじゃないか。あんたの体は健康体になった上で他のところに再度冷凍保存してある。さあ、その体をみどりに返せ。」

「な、なに言ってるの?!私の体は」
「あんたの魂と命は、もう元の体にあるべきだ。あたしが消しちまったが、あんたは健康体になりたいって望んだじゃないか。その願いを叶えるために、あたしは文字通り命張って」

ユキヒロは何も言わなかった。が、ムラキは言った。
「トモエ…行きな。あんたの体があんたのものじゃないとは、実は知ってはいたんだ。だが、元の体が無いままでそんなことを言うなんて残酷すぎるから黙ってたんだ。さあ、行け。命令だ。聞けよ。」
「私はあんな悪党とは一緒には…」
「あそこまでしてくれちゃった奴を悪党だと?ちゃんと元に戻してもらってから文句言いな。あんたが生きてるのは誰かのおかげだと私は思ってきた。それが、私たちが捕まえようとしていたあいつらだったんだ。捕まえることと、あんたが助かることは、別の次元のことだろう?」

「ちょーーーっと違うね、全部、あたしのやったことだ!文句は絶対言わせねえ!黙ってついてこい!そうでなければ」ヨシが縄をトモエの、いや、みどりの体に放り投げて捕まえ、車に乗せた。「ちょっとこいつ借りるよ」「ムラキさん!ちょっと、私全然納得できな…」ヨシがガムテープでトモエの口だけを丁寧にふさぐ。「うるさいのは嫌いなんだ、黙ってな」

「バカ!一時間もこんな…」「これでも飲んで落ち着いてな」三人はトモエの屋敷にいた。ユキヒロは行きたがったが、ムラキという上司の権限で黙らせたらしい。

「ヨシ、病院に行ってこい。妹だと思っていたあの女の子はな、」
「みどりなんだろ?」
「ものわかりいいじゃねーか、随分今日はいい子で」
「これが終わったらさ、アキはどうするつもりなんだ?」
「…ヨシも来るか?あたしはもうここにはいられねー。」
古い機材を出して、アキはそれを、トモエに繋いだ。

ヨシは、病院から「みどり」の体を連れ持ち出してきた。「俺たちがやり合ったみどりっていうのは…」
「あれはカシが作った失敗作だ。本物はこっちさ…」
みどりの体をさしてそう言った。
「みどりはな、本来生きていなかったが電子の渦に巻き込まれる事故で一度命を失いかけて、あたしたちと同じ体になった。それから…色々あって生きるのを一度休みたいと言い出したんだ…」
「それで寝込んでたのか」 「いや、命と魂を置いて、ネットワークの中に意識と、不完全な記憶をしまいこんで、行ってしまったんだ。つまり、知らない相手じゃなかったんだ。ただ、あんな風に変わってしまったとは思いもしなかった。」
「みどりの身体だけが、正確に時を刻んでいたってことなのか?」
ヨシはふとそう言った。
「そうだ。ただ、みどりは私たちのうち一番年下だった。だから、今の私と同い年くらいの見た目になっているのさ」
「と、いうことはアキたちがコールドスリープにいたのは」
「金が無かったからね、たったの数年ってことだ」


「だから、強盗みたいなことをやりだしたのか」

「そうだよ。金がなきゃ、トモエやみどりを助けてやれないだろう?」
「アキは、そのためだけに…カシが嫉妬したのはもしかしたら、」
「そうなんだろうな。あたしがずっと気にしてたのはカシのことじゃなくて、トモエのことだったからな。」

「さて、さっさと病院行って来い…」
「できねーんだけど。生命装置とか、モニタリング取ってんの忘れたか?」
「あー…。」
「俺らが面会って形で行くしかないんだよ」

「ヨシ、トモエの縄を解け」
「わ、私…」トモエは髪を揺らして何か言おうとした。「オッケー。じゃ、行くんだな」「もち」ヨシは一言、トモエに付け加えた。「逃げたらタダじゃすまさねえからな。俺はお前のこと全然信用してねえんだ、悪いなあ」

「クルマに乗れ。悪いが、乗ってる間は手足の自由を制限させてもらう。」
「ヨシ…」
「アキにとっては大事な人物なんだろうが、これは無事に終わらせなくてはならないことだ。」
「あたしに口を出せるようになったんだな、いいことだ。」
ヨシはその発言に違和感を覚えたが、ここは無視しておくことにした。

流れる景色。
「病院は近くなんだ。すぐ着くさ…」
ヨシとアキは病院に着くなり、ずっとキーボードを叩いていた。もうやるべきことはひとつだけだけれど。

ことがすべて、終わってしまった時、トモエは涙を流した。忘れていた出来事が、全部目の前にあった。「みどりはもうこれで死んでしまった…」

「いいんだよ、みどりはな、"もう死んでたんだ"。それに、生きてるのが嫌だったんだ。生きていたい奴と生きていたくない奴が二人、揃ったからこんなことをしたのさ。生きていたくない奴の身体が役に立っただけのことだ。あたしはネットワークの中で不完全なみどりの残骸に再会して、間違ったことをやっていることはもうよくわかったから、もういいんだ。」

「アキ、あなたを恨めばいいのか、感謝すべきなのかわからない」
「…そんなの、自分で決めろよ。好きなようにすればいい。あたしはね、あんたに生きててほしかった。でも、あたしはもう元のあたしじゃない。あんたには同僚や上司がもういる。あたしたちはもうこの街からでていく。あんたは寿命を全うする。それだけで、もう充分だ」

アキは周囲の異変に気がついた。
「ヨシ!行くぞ!」
「もういいのか」
「ああ、いいんだよ。もういいんだ」
窓のそばにいるトモエの髪が少しだけ切り離されて飛んでいく。
「寿命、か、それとも、それがてめーらの正義か」
ヨシはゲートを開いた。そして、2人は肉体ごと、ネットワークに入り、少し遠くに置いてあったクルマに戻った。古い機材は捨てて。

トモエは、後ろからガラス窓を突き破ってきた銃弾に貫かれ、倒れた。意識を失い、そこに落ちていたマシンを拾ったのはムラキだった。
「正義っていうのはね、一滴の墨汁も紙に垂らして汚してはならないものなの。私を憎まないでね、これはもっと上の命令だから逆らったら死体が増えるだけなの」
ユキヒロは頷いて、トモエを電子化するための装置を装着させ、データを抜き取った。

電子世界1

無断欠勤は、許されない職業だとはわかっていた。しかし、トモエはずっと自宅に引きこもって調べては手を止めて、ということを繰り返していた。
「これは、どういうことなの…」
アキについて調べようと卒業アルバムを開くと、記憶にある幼少時の自分の顔と、今の自分の顔と、アルバムに載っている顔が、合わないのだった。
「わたしは…」
それに、確か病気を患っていたはずなのに、いつ治ったのかわからないのもこの時に気がついた。記憶がアテにならない。「この体は誰のものなの…?」この家には、口を利かない、仲のあまりよくない父の兄、叔父しかいない。昔からあまり話なんてしない相手だった。「こんなことを話したら頭がおかしくなったと思われるかも」

呼び鈴が鳴った。しかたなく出る。「トモエさん、急に休むなんて聞いてないっすよー、少しくらい頼ってください」いつもトモエを支えてくれるあの同僚の声だった。

携帯で彼は話し続けていた。「すいません、今トモエさんに事情だけでも聞こうと思ってますんで、終わったら戻ります。ええ、10時には」
トモエは静かに緑茶を出した。

彼は電話を切って、トモエに頭を下げた。
「無理矢理来てしまって、すいません。でも…こんなに大きなお屋敷にお住まいだとは思ってもみませんでした。道を聞くまでもなくわかりました。噂には聞いていましたので」
「そうね。…私、自分がすっかり分からなくなってしまったの」「どういうことですか?」「自分の記憶と、そこに転がっている記録が全然かみあわない。例えば…そうだね、私は子供の頃体が悪かったはずなのに、いつ治療が終わったのかわからないし、どうやってよくなったのかさえわからない、そんなところ。残念ながら祖父母も両親も今では死んでしまって、聞く相手がいないんだよね。そして、アキはこの近くに住んでいたはずなのに、仲がよかったような印象は残っているのに、私にはほとんどそういう感じがない」「それは、相手が悪党になってしまったからではないでしょうか」部下は言った。

「そうかもしれないけれど、私、アキが結婚した時に嫉妬したんだよね。でも、何で仲のいい相手でもないのに嫉妬なんか?そこまで関係ないはずだよね?」
「…本当は、仲がよかったのではないかと思っているんですよね、トモエさん」
「…ええ」

「彼女に直接コンタクトを取る意志はありますか」
「ユキヒロくんは、そうするべきだと思っているの」
「自分の記憶を疑うって、そういうことですよ。ただ、確かに矛盾していますね。仲のよい人間同士なら、同じ境遇じゃなくなる相手に嫉妬することも確かにあるでしょうが、トモエさんが仲もよくない人間に対して嫉妬するほど、結婚が重いものとも思いません」「そりゃこの歳にもなれば結婚したいとは思いますけど…ユキヒロくんもけっこう嫌なことを口に出すんだね」
「いいえ、むしろ元々仲がよかったはずの友人を取られたという意味での嫉妬の方が、ありえるんじゃないでしょうか」 トモエは不愉快さを必死で打ち消すかのように、「いや、だから」と何とか発言権を取り戻そうとした。

「とにかくここでいつまでも籠城している訳にもいかないでしょう。上も、トモエさんがネットワーク上で身軽に動けるほどの優秀さを持っているからこそ見逃してはいるものの、このままでは戻った時の立場が悪くなってしまいます。この一週間、トモエさんはずっとここにいたんですよね。何もせずに」
「そりゃ行動に移してさえいない悩みなんて放っておいて仕事しろっていうのもわからなくはないけれど」
「話を聞いてください」

「僕はね、トモエさんの体が他の人のものであることに気がついていたんですよ」
「どういうこと?」

「トモエさんは、自分の姿を見て何とも思いませんでしたか?トモエさんはネットワークに入ると、身長が高くなり、女性にしては…いえ、失礼な言い方ですね…とにかくかなり背が高くなるんですよ。おかしいと思いませんか。僕たちは普段見える姿を維持したまま、電子化されてネットワークに入るはずなんです。それなのに、トモエさんだけが、姿を変えて、そう、まるで別人のような姿に」
「…もういい、結論から言って頂戴」
「以前、広範囲にハッキングを行ったみどりという存在を覚えていらっしゃいますよね。ネットワークに入っていない今のトモエさんの姿は、ネットワーク上にいたみどりによく似ているんです。僕たちはほとんどネットワークに入ることは許されていませんから、ほとんど滲んだような画像しか見ることはできませんでしたが」
「つまり、私の体は」
「そのみどりのものだったのではないでしょうか。しかしこれは推測でしかありません」

トモエは自分の手を、体を見つめた。確かに、トモエはネットワーク上に入ると体が大柄になるが、今のトモエの体はとても小柄だ。こんな部署がなければ、この体では警察学校に入ることができなかっただろう。しかし、子供時代の身体測定のデータを見ると、今の自分の身長には小学生のうちに既に越えていることが、わかっている。縮むはずがない。これは以前から不思議に思っていたことだった。

「しかも、確かめるすべがひとつもない。電子化されたのか、プログラムされたあのみどりは、ネットワーク上で消えてしまったのだから。」
「しかし、電子化されたのであれば本来の"みどりさん"本人の体があるはずです。プログラムであれば、本当にただのプログラムでしかありません。どうやって確かめます?データベースに載っているかどうかは、やってみないとわかりませんが、今のトモエさんの立場ではできないことですよ」

トモエは席を立った。
「わかった、仕事に戻るよ」
「本当ですか?」
「ごめんなさい、今のままぼーっと考え事してても本当に無駄だって事がよくわかったから」

ユキヒロはいそいそと上司に電話をかけ、その間にトモエは自室に戻り準備した。そして、今の関係ではありえなかった、一枚の写真を最後に鞄のポケットへ入れた。

「申し訳ありません!」
「申し訳ないで済まないよ、どんな言い訳もここでは通用しない!」
トモエは頭を下げたまま固まっていた。ユキヒロは遠くから心配して見つめていた。上司は言った。
「だったら、さっさと仕事して頂戴。うちの子たちでは手に負えない小さなトラブルがけっこうあったんだからさ。…もう二度とこんなことしてくれるなよ?」大量のディスクの置かれたデスクを見て、何となくその言葉の意味を理解したトモエは、無言で「居場所」に戻った。

ユキヒロは人差し指を立てて笑顔で言った。「あのですね、手助けは僕の役目ですからね?」上司はそれを見て言った。 「そ、ちゃんと仲間を支えなさい、それがあんたたちの仕事」 トモエは申し訳なさそうに上司に頭を下げた。
「いいんだよー、ちゃんとした仕事してくれりゃあ、あんたの不思議なことも調べる手助けくらいしたって。あんたは有能だ。だから甘いこと言ってるくらいに思いな」
上司はトモエにウインクした。

小さな仕事をコツコツやる。それは基本だと、かつての上司が言っていた。その頃の上司は、今の上司ではなく、男性だった。

トモエは無言でその仕事を少しずつ、確実に、すべてを、片づけていた。
「少しくらい休みなさい、そうでないと」
「長く続かないってことですよね、以前、そう仰ってくださいました」
「…あんたさ、気づいてるのかな」
「え?」
「じーちゃんばーちゃんが亡くなってから、いや、あんたの両親が亡くなってからどのくらい経っているのか」
「どういうことですか?」
「あんたたちがコールドスリープから出る契約はたった数年前のことだったんだよね。記憶がおかしいっていうのは、以前から聞いていた。それがそんなにも大きなものになっているとは、こっちも驚きだ」
「ち、ちょっと、待ってください。私、冷凍保存されていたんですか?」
「スズキアキコという女性も同時に保存されていたが、先に出る契約になっていた」
「アキ?」
「スズキアキコは、どこかからかあんたの体を持ってきたような記録が残っているが、それはどうやら本当らしいね」
「アキが、彼女と私を冷凍保存にかけたってこと?」
「いや、契約者はあんたの父親になっている。」
「私とアキは…本当は仲のいい友達だったってこと?」「そーらしいね。申し訳ないけど、こっちもあんたのいない間に勝手に調べてたもんでね。…そういう関係の記憶が残ってないってことは、たぶん、あんた記憶いじられてる上に、」

「この体は、みどりのものなのね」
「それは、もうどうでもいいことだと思うけれど。しかしね、あんたの身軽さはあの"アキ"と同類なんだよね。そっちの方が大きな問題だよ。はっきり言って、どういう接点であれと一緒に寝かせられていたのか、そしてどういう理由で記憶を書き換えたのかわからないんだよね。」

地面から、ひどい揺れが押し寄せた。
「地震?!」
窓が突然開いて、外からアキが現れた。
「よう、あんたを取り返しに来た」

電子世界1

「なんだよアキ、けっこう飲めるんだな」
「好き好んで飲まないだけだよ、体に悪いだろ?」
「けっこう健康志向なんだな」
「…まあね」

「今日はあの学校エリアのネットワークがダウンして、ひどい目にあったから飲んで帰って寝る!」紺のワンピースを着た、カウンターに座った二人組はそんなお喋りをしていた。アキはその横顔を見て驚いた。「トモエ…」隣の女性が気づく。

「あら、あなたトモエさんをご存知なの?よく似ているって言われていたわ」「今も充分そっくりだと思うけど」「まあ、なに?行方不明になったという話だし、きっともう言われないと思うわよ」「…亡くなったとかですか?」「いいえ、それが…よくわからないらしいのよね」そういえば、昨日のカシの件では顔を出していない。アキは驚いていた。

その女性ははっとしてアキを見つめた。「あなたは?」「いえ、ちょっと顔を合わせたことがあるだけの知人です」

「あの…」「これ以上は話せません。おい、行くぞ」「ん?なんだよ、もう一軒行くか?」「それでもいい。行くぞ」

カードで支払いを済ませ、二人は店を出た。「何なんだよ」ヨシは困惑して言った。「トモエがいなくなったらしい」「別に関係ないだろ?」ヨシはアキの首に腕を回したが、アキは静かに言った。「…まあ、今や関係ないのは間違いないんだけどさ」

「じゃ、もう一軒行っとくか!」首に回した腕をゆるめ、アキの肩に手を置いた威勢良くヨシは言い、アキは答えた。「ああ、行こうか」アキは無表情だった。

ヨシはもう一度、腕をしめつけてアキの頬に顔を近づけ、アキの髪を撫でた。「なんだよ!なあ、…あたしがYESと答えたり、NOと言ったら解散か?そういうもんか?」「そんなことねーよ」「だよな!」アキはいつものように、気の強い笑顔を見せるのだった。

夜は更けていく。風はもう冷たくなっていた。

電子世界1

「みどりが消えた…アキがやったんだな」その人は、アキの部屋に飾られていた写真に写っていた人物だった。「アキはよくできてる」「よく、昔の友人の残骸を処分できたもんだな」

「今はヨシという男と一緒にいるのか」
「取り戻したいところだ。俺のもんだ」
「なあ、アキ」「タカシという人物はネット上に俺らのようなヤツとしては何も残っていないよな。もっとよく調べてみるべきじゃねーかと思ってるんだけどさ」「あたしも調べてみるよ。あのクセが、知ってるヤツに似ているんだ」ヨシは真面目な顔になって、言った。「お前さ、何か黙ってることがあるよな」

「…知ったところで役に立たないことさ」「お前が海に潜ってる間に気付いた。お前の魂は命と別々になってるんじゃないのか」「…どういうことか言ってみな」「アキの命は、体に存在していて、魂とは別々になっているということだろう。アキは普通の人間ではないとは時々思ってはいたけどよ」ヨシは、アキを引き寄せて唇にキスし、続けた。
「それでもお前は生きている。実体のあるこの世界だけでも、ちゃんと生きている。みどりとは違ってな。」

「私たちの、新しいマシン…これで私たちはどれだけ動けるのかしらね」
「さあ、トモエさん、みどりの残骸が残っていないか探しましょう。あれだけの膨大なデータです、どこかに残っていてもおかしくはないのですから」
トモエは同僚に言われて、答えた。
「そうですね、できることから始めるしかない。私たちがどんなに遅れを取っても、追いつかなくてはなりません。やりましょう!」部下は新しいマシンに喜びの声を上げて画面に向かった。「…アキたちは今頃何をしているのかしらね」

ヨシとアキは2人でネットワークの中を泳いでいた。
「アキ」その声に振り向いた瞬間、ヨシは背中を刺されていた。
「ヨシ!」アキはヨシを抱きかかえて怒鳴った。
「何すんだ!」アキはそいつの顔を、見た。「…カシ」「…覚えていたんだね。そう、忘れられるはずがないよね…。さあ、アキ、僕と一緒に行こう」
アキの瞳は一瞬、揺らいだ。
「僕との思い出を忘れたのかい?冷たいなあ…」
アキはもう一度仕掛け銃を「水面に向けて」撃った。その瞬間、アキとヨシはネットワークの外に出ていた。
「おい、ヨシ、大丈夫か?」
「いてーな…ひどい奴と知り合いだな?何者だ?」

「正直に言おうか。あいつは」ヨシの背中を拭いて、絆創膏をあてがって続けた。「あたしの元彼さ」
「マジかよ?随分危険な人物を彼氏に選んだもんだな」
アキは炭酸水をボトルのまま飲みながら、あぐらをかいて座った。「けど、あれは本人じゃない。あいつは自分のコピーをネットワーク上に作ったことがある。そして、あたしも自分のコピーを作ったことがある。」
「お前は…どっちなんだ?オリジナルか?コピーか?」「オリジナルのあたしのデータはオリジナルのカシに殺された。データだけ壊れるように、ここ(頭を指で指して)に、無理矢理ウイルスを流し込んだ。そうすればその当時は殺人にはならなかった。まだそんな法律、できてなかったからさ。で、理由は周囲に人の集まる自分の彼女に嫉妬。オリジナルのカシはその後カラダごと自殺した。あたしはコピー。だけど」

ぐびぐび、と飲み干して、また続けた。
「あたしのプログラムは自分の魂といのちを受け入れられるように作ってあった。そして、元の体にあてがっておいた腕時計から」ヨシが続けた。「その中に入った、というわけか」

「そういうことさ」

「お前は、元、とはいえ、彼氏のコピーを殺せるのか?」アキは答えなかった。ヨシはアキを抱きしめた。
「馬鹿、しつこいよ」
ヨシはこの時、違和感を持った。
「アキ、お前何歳になった?」
「このコピーを作った時はまだ学生さ…」
ヨシは離れて言った。
「俺、犯罪者にはなりたくねーな」アキは笑って言った。
「あたしの仲間になってるんだから、十分、上等な犯罪者だよ…少なくとも倫理上は、あたしは嫌われ者さ」

ヨシは、この夜からアキの部屋に寝泊まりすることになった。

朝。
「あいつのデータ、どっかに残ってないか」
ヨシは頭をボリボリ掻きながら言った。
「どういうことだ?」
アキは顔を洗って、拭いていた。
「設計書だよ、設計書。何しろ人物をコピーするのに、大体の設計書もなしに作れるほどの天才はなかなかいないだろう」
「なるほどねー。確かに学校のデータの中に凍結されて眠ってるはず。あれ取ってくればーー」
「ダメだ」
「何でさ?」
「アキ自身が狙われてんだぞ。捜し物程度で危険にさらす訳にはいかないじゃねーか。クルマ使うぞ」
「めんどくせ」
「それに、みどりの時に周囲のネットワークをいくらか巻き添えにしてるから、今あの中に入り込むのはちょっと難しいんじゃないか」
「それもそうだな、しばらく修復プログラムが動いてるだろうし」

クルマを走らせて30分。
「あのさ、お前そんなにあたしを大事大事することねーじゃん」「何だよ、俺の命の恩人、そして俺の愛するお前の一大事じゃねーか」

アキは冷たい目でじっとヨシをにらんだ。
「…そんな大した奴じゃないよ、あたしは」
「あれがアキとあいつのいた学校だな?」
遠目にフェンスと正門が見える。
「そうだ」
「様子がおかしいと思わねーか。平日の午前中に教室が真っ暗ってこたぁないだろ」
「…なんだよ、閉校しちまったのかな」
アキは残念そうに言った。

「別行動はダメだ。特にヨシは体が失われたら最後だ。コピーは二度と作りたくねえ。同時に動くぞ」「わかってる」しばらくすると他の問題が見えてきた。「警備さえ切れてるぞ」ヨシはセキュリティを見ると、そう言った。

「あった。あいつのメモだ…なんだこりゃあ?あいつ…本当にいのちも魂も捨ててしまったんだな。確定だ」アキは失望していた。話し合って決着の付くようなものではないことを、アキは理解した。「どういうことだ?」

アキはヨシにかいつまんで説明した。

体に命が宿り、精神に魂が宿る。そして命と魂、体と精神は単純な関係とバランスを保って、「生存」することができる。アキは精神と思考をプログラムに乗せて人格とした。そしてその精神に魂そのものを宿らせたまま、命の半分を精神の中に、もう半分を体に閉じこめ、ふたつが合わさった時に「普通の人間」になることができる。電子世界を、ネットワークを他の人物より自由自在に動くことができるのは、ネットワークに自分を乗せた時、自身が半分の命を体に置いてきた分だけ「身軽」だから。普通は体だけを外に置いていくため、いのちと魂、そして精神と思考すべてをもって行かなくてはならない。…しかし、あの男は体と命を捨てて、精神をプログラムに乗せただけの存在になっていた。

「あいつは、ただのプログラムだ。コピーなんだよ。あたしへの執着を乗せただけのね。ネットワーク上にしか存在できないから、消すにはネットワークに入らなくてはならないし、命も魂も失っているから、みどりやあたしより素早い」「一人でやるってのか?危険じゃねーか」

「あたしはヨシの命の恩人なんだろ?じゃあ、あんたが死んだりしたら、無意味になっちまうじゃねえか」いつもの、気の強い顔でアキは笑った。

「ヨシ、クルマに戻るぞ」

ヨシは急に思い詰めた顔になって、「ああ」と頷いた。

アキは部屋に戻るなり、風呂に入って、髪も乾かさず寝てしまった。ヨシは、小型パソコンをネットにつなげることなく、あらゆるものを停止させるためのプログラムをひとつの弾丸に込めていた。

一通り終わると、ぐっすり眠っているアキのベッドに腰掛けて、アキにキスをした。「俺も、少し休むかな…」とソファに横になった。丸めてあった毛布を引っ張りだした。この日、ヨシは酒を飲まなかった。しかし、すぐまどろんでいた。寝付きはあまりいい方じゃないが、だるさをすぐに感じた。昼間は暑いとはいえ、朝夕は既に冷たい風が吹いている。

アキは、学生時代に自分の命と魂を受け入れる器、つまり精神プログラムを組んでいた。荒っぽい割に、時々子供っぽいのはそのせいなんだろうか。魂は、その頃以降の記憶を受け入れているのではないのだろうか。アキは、見た目は十分25歳以降の人間に見えるが、精神と魂は正確にその時を刻んでいるんだろうか…ここまで考えているうちに、ヨシもすっかり寝入ってしまっていた。

何かから逃げるヨシともう一人の姿。ヨシは今より幾分か幼い。それを見つめるアキの姿。同じように、今より少しだけ幼く、髪も少し短い。アキは一瞬だけ動きを止めた「何か」に照準を合わせ、弾丸をぶっ放し、その「何か」を打ち抜いた。アキはその「何か」が人間の姿になり、その人が気がつくと、ヨシとその人物との間に立ち、「さあ、有り金全部出しな、さもなければ、このままアンタを殺してやるよ。放っておけばアンタも寄生虫に殺されてたんだ」その人物はおどおどしながら、現金を少しと電子マネーのカードを出した。その人物に「これを食いな」と言って、アキは記憶を消去するチョコレートを渡した。後ろで立ちすくんでいたヨシは、「俺は、どうしたらいい?」アキはヨシをにらんで言った。「へえ、何も言われていないのに何かを差し出すってか…いい心がけだな?こっちは人手が足りない。有り金全部あたしに渡すか、それとも、あたしの仲間にーー」「なる。それで構わない」

夢はまだ続く。眠りから醒めないヨシの妹の姿。一体、意識はどこに行ってしまったのか、誰も解明できない。そんな事件は、これまでも数件報告されていた。三年経ち、四年経ち、ヨシはもう病院に任せるだけにしていた。まるで、死んでしまった無関係な他人であるかのように…。

遮光カーテンの間からこぼれる強い光に、ヨシは目を覚ました。「…アキ、そろそろ起きよう」か、と言おうとした時、ヨシは初めて、アキに置いて行かれたことに気がついた。アキの身体がそこにあった。「アキ!」パソコンデスクの椅子が倒れている。アキの身体をベッドに戻した後、アキは一人でネットワークの中に入ってしまったことを瞬時に悟り、勢いよく起きると、ローテーブルにメモとディスクがあった。

その2枚のディスクには、「delete」「stop the network」と書かれていた。メモには、「13時には目覚ましをセットしておいたけど、起きたらディスクの中身をチェックしろ ヨシはネットワークには入るな、ただし状況のチェックはしてあたしをフォローするように。これは命令だ、守れよ アキ」と雑に書かれていた。妙に早く寝てしまったアキは、自分が寝ついたすぐ後に起きてパソコンを開いてまとまったプログラムを作りあげ、ネットワークに潜ったのかもしれない。足下のゴミ箱をふと見ると、弱い安定剤のシートが入っていた。「…やられたな。アキ、俺にこれを飲ませたんだな。まったくそれにしたって無駄にしちゃダメだろうが」残りの錠剤の入ったシートをテーブルの上に置いた。

ヨシは時計を確認した。11時。命令の時間にはあと2時間余裕がある。ディスクの中身を確認するには十分だ。しかしディスクの中身をスタンドアローン用のマシンで見た時、ヨシは愕然とした。「アキはあいつを殺すつもりだ…アキは…それでいいのか?」アキはかつて愛したであろう男を殺すのか。しかし、アキは昨日言っていた。コピーだと。「あたしへの執着を乗せただけのね」と。ヨシは心を決めた。「構わねえ、アキがいいんだって言うんだから、後悔も何もねえんだろう」。

「ちっくしょう!カシはどこにいやがるんだ?」ネットワーク上にしか存在できない男なのだから、アキがこの中にいること自体は把握しているはずだった。通信が入る。「アキ、カシはあの学校のネットワークを潰してそこに隠れている」「あれ?ヨシ、起きんの早かったな…そういうことか!ここにくる前に確認したところとは違うところに移動したんだな」「アキ、俺は全力でお前を」「フォローしろよな!」「もちろん!」アキは母校のネットワークの、そのまた中心へと泳ぎ始めた。

「やあ、アキ。僕のところに戻ってきてくれたんだね?」「ええ、ちょっとした用があってね」
冷めた表情でカシに対峙するアキ。
「今のカシにはもう魂も、命もない。ただのデータの固まりで、アンタの抱く感情はただのプログラムだよ」
「ひどいことを言うもんだね…僕の感情は本物だよ?あんなに荒っぽくて品のない男と一緒にいるなんて、君らしくないよ、君は僕といるべきだ」

「アンタはもう生きていないんだ!せめてあたしが弔ってやるよ」
アキは銃を構えた。中にはヨシの作ったプログラムが数個入っている。彼のすべてを「null」にするための。しかし、それは効かなかった。
「僕が君の魂と命を捨ててあげる。そうすればもう君は外の世界に戻れない」

「アキ!」ヨシはディスクを回し、弾丸をアキに送った。

「あんたは、自分の魂すら受け取れない単体プログラムの塊なんだよ」
カシは、アキの魂に触れることができず、慌てふためいていた。
「何故だ?!」
「あんたって本当に愚かだよな。本物のカシが自殺しなかったなら…こんなことにはならなかっただろうな。」
アキは銃弾を撃ちまくった。
「アキ…僕をそんなに嫌いなのかい?」
アキは黙って、銃を向けた。最後の一発が、ヨシの送ってくれた貴重な弾丸だった。

アキは、「ごめんよ。あたしは今生きてるし、そもそもそこにいるあんたは死んでたんだ。あんたご本人はあたしを完全に死なせたと思いこんで、あたしを置いて死んでしまったじゃねーか」カシのプログラムのかけらは、それでもアキの髪を撫でて、そしてフワフワと消えていった。アキの身体にヨシの投げた縄が巻き付いた。
「あんた学生の時は本当にいい奴だったと思うよ」

「それなら、僕と一緒にいてよ」縄の巻き付いたアキが水面に届く前にあの男のコピーが、うっすらと消えかけた手を伸ばし、アキに向かった。ヨシは渾身の力を込めて縄を引っ張った。アキはカシムラに最後の銃弾を放ち、水面からアキが飛び出る。

いつの間にか接続していたディスクを、ヨシは回した。ディスクのばらまいたデータで、学校のネットワークはダウンした。回復するには時間がかかるだろう。

アキとヨシは、母校のネットワークから脱出し、アキの部屋にいた。
「おい、もう終わったんだ。飲みに行こう。俺が払う」「そうだな」
もう、日は傾いていた。

電子世界1

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