アキは目を覚ました。確かに睡眠は十分に取っていたから、目が覚めてもおかしくはない時間だった。ただ、アキはある違和感を覚えていた。何かが狂っている。どこかに異変がある。アキは危険を悟り、窓を少しだけ開けた。バス停に向かう方向に、人が道ばたにぐったりと倒れ込んでいる。何かがおかしい。ヨシの車の音が聞こえる。と、いうことは、「商売の始まりだな」。アキは静かに階段を下りる。ヨシもニッとした笑顔で「よぅ、今日は大人しいな。変だよな、何か。ネットワークには繋いでないよな?」「いや、こんな時は状況がわかるまでヘタなことはやらないのがいい選択。アナログな方法で確認してからさ」「だよな、さて、行ってみるか?役所にケーサツ、消防本部。常にネットワークに繋がれているあいつらはどうなってるかって感じじゃねーかな」「オッケー、行ってみるか」二人は車に乗り込んだ。アキは、あのウェーブがかった髪の後ろ姿を思い出しながら、前を見つめた。早速ついてみるも、静まり返ったその光景に二人とも言葉が出なかった。「ヨシ、こいつは…」「うーん、すげえな…公務員ご一行様、ダウンしてやがる」「生きてるのは数人ってところだな、こりゃヤバい」その中に、トモエがいた。こちらには気づいていない。「とりあえず、こっちには接触しない方がいいな」ヨシは断言した。アキもヨシも、記録を残させていないとはいえ、できるだけ接触したくないと思っていた。「街に出てみるかな」アキは車のシートに座ってそう言った。「そうだな、ここじゃ人が少なすぎて様子がわからねえ」ヨシも同意した。「街の奴らはみんな起きてすぐネットワークに繋ぐからな、繋いだ先に何があるのかわかりやすいだろう」「ウイルスか?ハックか?はたまたシステム屋のストか?警察や役所はすっかりストップしているようだけど、これだけじゃわからないな。ま、あたしたちに負けは無い」アキは長い髪を高い位置でひとつに結び、黒っぽい赤の口紅を塗った。「アキ、もっと可愛い色でも塗ってみればいいのに。きっとピンクも似合う」「いーよ、あたしの性格には似合わない」「こんないい女には何でも似合うよ」ヨシの言葉にアキは大笑いして、すぐに前をじっと睨んだ。今、この街に何が起こっているのか。ターゲットは誰なのか。それとも、無差別か。そして、誰がこんなことをして得になるのか。わからないことばかりで、アキもヨシも本音では不愉快だったのだった。「何となく思い出す奴はいるんだけど、まさかねえ」とアキは言った。「推測でモノを言うのは確かにやめた方が無難だな、何事も根拠が大事だ、しかしこういう判断材料の無い時には、嗅覚が頼りになるんだぜ」ヨシはそう言った。街をゆっくり通り過ぎる。他に動いているクルマは無かった。ハンドルを握ったまま、ヨシは言った。「変だな」「ああ、バスやタクシーさえ止まったまま…なんだこりゃ?」人が2、3人停留所のベンチに座ったまま気を失っている。起きてすぐにネットワークに接続する人ばかりではなかったのだろう。バスの運転手らしき人物は、目を開けて横向きに倒れたまま止まっていた。ヨシはクルマを止め、アキはその運転手の様子を探ろうと近づいた。運転手は普通バスの中にいるはずだが、その人は。その瞬間、その運転手の瞳が動いた。意識を失っているはずなのに!「アキ!」ヨシが縄をアキに投げた。アキの胴体にヨシの縄が巻き付き、ヨシが引っ張った。アキはすんでのところでクルマに戻された。バスの運転手は瞳がグルグルと回り続け、アキたちの方に手を向けた。「アキ!ベルト締めろ!吹っ飛ぶぞ!」猛スピードで走り抜けた。道が空いていて運が良かったとしかいいようのない状況に、アキは前髪をぐしゃぐしゃとひっかいた。「無差別ハックだな」イラついたアキに、ヨシは落ち着け、と一言。「ターゲットが決まってる様子じゃねーな」ヨシはするりとアキの縄を片手で上手にほどき、その手に短く持ち直した。ヨシはアキの方を見ることなく、尋ねた。「あいつ、何か持ってたか?」アキは、「いや、何も」と答えた。「人の意志でやる行動にしてはおかしい。手を伸ばしただけで何をするつもりだったんだ?」そしてその頃、気を失っていた人々が一斉に起きあがり、無表情のまま同じ誰かの声で「うふ…ふ…」と笑っていた。この数日前から、ネットにある噂が流れていたことはアキも知っていた。「みどり、って知ってるか?」「ああ、あのホラーな噂だろ?勝手に他人のゲームの名前がみどりという名前になってたり、子供の学校の課題が全部みどりって書いてあったりする…あれ。どう考えてもハックだよな。」「ヨシ、どこに向かってるんだ?」「大学路のジューススタンド」その答えに呆れるアキ。「あのなあ…」しかし、すぐ異変に気がついた。「人が集まるところっていったらとりあえずここだろ?学生がいっぱいいるんじゃねーの」「…ん」バイクを降りた学生の目が開いていない。そして、何かつぶやいている。アキは遠くからその人物の声を聞き当てる。「…みどりが探してる、って言ってるな」「ハックしてる当の人物は、どうやら数日前のゴチャゴチャと同一人物らしいな」「おい!早く車を動かせ!あいつらこっち向かってきてんぞ」「やっべえ、悪い」ヨシは車をアクセルを踏み込んだ。あの目がグルグル動いている学生たちが、その車の音に反応する。「わたくしのハッキングにかかってない人がいるのね」細く柔らかい声で「みどり」は「言った」。その姿は小さな少女で、ロングのツヤのない緑色のウェーブヘア、細い手足。年齢は、どう見ても15歳に満たない。「わたくし、ずっとこのままひとりぼっちなのかしら。人の意識を奪い取っても、人は何も教えてくれないわ」みどりはネットワークの中で遠くに手を伸ばした。「いつになったらわたくしはあの人に会えるのかしら」「どーする?これはちょっと、どころじゃなくどうにも厄介そうだ」「しかしこのままって訳にもいかないな」アキはちょっと考えて、言った。「これを解決して、警察に利益を要求するのはどうだろう。何よりデータをとっつかまえてまた流すぞと脅せばいくらかはどっかから出すだろう」「それは無謀だな」「あたしの考えに口を出すのか?」「アキ、お前もしかして…」ヨシは何かを思い出したように、アキを探ろうとした。「さ、あたしたちはさっさとネットワークに入ろう」「とにかく放置することに反対なのは同じだ…アキについていくよ。好きな女だ、いつだって守ってやるよ」「かっこつけんな、気持ち悪ぃ」ヨシの部屋から、電子の海に潜る。アキは結んだ長い髪をまとめてシニヨンにし、ヨシはメガネをゴーグルに変えて、ブクブクと音を立てて沈んでいく。この世界には色はない。しかし、そこに色のついた人、いや存在、生き物がいた。「わたくしの世界にようこそ、どうしてあなたがたはここにいるのに意識を保っていられるのかしら?わたくしを追い出しにでも来たのかしら、さあお答えなさい!」電子の海に軽い嵐が巻き起こった。アキはとっさにそれを避け、ヨシを引っ張って後ろに置いた。「電子の海に誰か入った!」「トモエさん、ちょっと」ネットワークをモニタリングをしていた部屋はこの瞬間大騒ぎになった。「これ以上の被害者を出しちゃいけない!私が行きます」「でも、私たちの機材では入れたとしてもそれ以上のことは大してできませんよ」トモエの同僚は言った。トモエの上司は「命令を待って!」と叫んだ。「そんな」トモエは椅子に座り直し、モニターを見つめていた。「ねえ、もっと詳細はないの」「こっちに出てますよ」正面の男性が答える。机の向こう側に行って、その画面に釘付けになった。「見たことのある影…」「知っている人なんですか?」「はい、でも気のせいかもしれない」「トモエさん、許可がおりました、装備がコレに入ってます」ディスクがトモエに渡された。「…余計な奴が来るな」アキは誰かがここに接続しようとしているのを感づいた。「わたくしにもわかりますわ、それくらいのこと」「知ってるかい?あのエリアは警察だよ。このままだと君は捕獲されるだろうね」ヨシは優しく言った。「何故?わたくしは人を探しているだけなのに」「人探しのためにハッキングかよ、ちょっとやりすぎじゃ…」アキはみどりの姿をこの時はっきりと見てあることを思い出したが、これ以上何も言わなかった。ヨシは言った。「カラダはどこに?すぐにこの海を出ないとヤバいぞ」「わたくしにはカラダは無いの」「出られねーんだよ、こいつは。一時的でいい、出られるように先に部屋に戻っててくれ、ヨシ」「どういうことだ?」「このみどりは、記録体だ。人格だけを取り出してこのネットワークの中にまとめて保存してある存在ってことだ」「そんなもんが…わかった」ヨシは水面へと向かっていった。みどりはにこりと笑った。「あなたには魂も命もあるのね…」その言葉に、思い出していたものに確信を得てうなづくアキは、小さく独り言を言った。「記憶は、失われたのか」「こっちに来なさい!」電子の海の中で、みどりに言葉を投げかけるトモエ。しかし、その姿は普段現実で見る姿とは違っている。長身で、ストレートの短髪。アキは一瞬ひるんだ。「アキ!どうしてここに?!」トモエを無視して、アキはこの場を離れることにした。「ヨシ、行くぞ、準備はできたよな?」みどりともども、こっそり海の上に出ていたヨシはシュッとふたりに縄を投げ捕まえ、水面の外に出してしまった。「わたくし…出られないはずなのに…」「俺がちょっとした領域を作ったのさ、今さっきな。ここの小さな部屋にいる分にはあんたは存在していられる」ヨシはひとつ付け加えた。「ただ、色々聞きたいことがある。だから、ネットワークからは離れてる。大丈夫、俺らが君を害するか、消滅させるしかない選択肢を持たないあの警察から守る代わり」 「あんたに、あたしたちの言うこと聞いてもらうよ」アキはみどりの目を見て、はっきりと言った。「逃がしたって?!」「申し訳ありません!」「残念なことだ。しかし、もっと君には支援を送るべきだったことは私たちも自覚しなくてはね…」「どういう…ことでしょうか」「あいつらは賊にすぎない。だが圧倒的に実力が違いすぎる」 「僕もそう見積もります、何しろ僕らのマシンは古すぎて、彼らを追い切れませんでした」後衛を指揮していたトモエの同僚が言い放った。カネはすべて、マシンにつぎこんで生活する賊。それがアキと、彼女と一緒にいた男の本性。「アキ…」トモエはアキのことを思い出していた。いつか、今では原因も分からずに喧嘩別れで終わってしまった。彼女はすべてに優しかったはずなのに、今ではあんな存在になってしまった。私が悪かった気がするのに、どうして、こんなことになったんだろう。私がずっとアキと仲良くしていたなら、こんなことにならなかった…?トモエはいつしか、自分を責めるような気持ちになってしまった。「そういえば…」彼女は、結婚しているはず。なぜ別の男性と一緒にいたのだろう。古い記憶の中にいたあの男性は、一体どこに行ってしまったのだろう。「さて、みどり、話を聞こうじゃないか」アキは髪をほどき、床にあぐらをかいて座った。ヨシはキーボードを打ち続け、その領域の維持とより堅固な守りを作るべく画面を見ていた。「俺も聞いてるから続けてくれな」みどりの画像が揺らいで、彼女が取り出したのは一枚のメモだった。「うん…?この名前の人を捜しているのか?」「アキ、だからこのみどりはその2人が作ったんじゃないのか」ヨシは一瞬だけ手を止めてアキを見た。「さようです」「それで、この2人を捜しているのか」「ええ」みどりはうなづいた。「名前は?」「タカシ、と私の記録には残されていますが、もう片方の名前は消えています」「片方しか残ってないか。そいつをどうしたいんだ?」アキは冷や汗をかいていた。「…会いたいんです」「作り手と再会したい、か…」「どうなんだろうな?」「さあね」ヨシはアキの持ってきた炭酸水を飲んで、「さあみどりさん、今日はもう休んで。俺のベッドでよければ」「…そうさせていただきますわ」「ヨシ、彼女に手を出すなよ?」「はは、触れることができないからそれ以前の問題じゃねーの?」「そうだな、肉体はどこにあるんだかな。あたしも、ちと調べてみるよ」知っているはずのことを、アキは嘘で隠した。ヨシは、気づいても何も言わなかった。言ったところで、アキは絶対に何も言わないだろうことを知っていたから。ビル風が、ベランダにいるアキのストレートヘアをふわりとなびかせた。「アキは、俺と結ばれる気はないのかな?」「…あたしを口説いてる暇なんかないよ、さっさと色々調べるべきだ」「ま、そうだな」二人は部屋に入った。その夜から、「みどり」による被害は無くなった。「私…負けたんだね、あの強盗たちに。私、どっかで甘いこと考えてたんだと思う。」ユウコは尋ねた。「どうして?友達だったなら、やっぱりそういう気持ちにはなると思うけれど」「みどりを止められたのは結局アキたちだったし、アキたちは私を…邪魔者、違うかな、むしろ敵だと思っているからあんなことができるんだ」「信じないの?期待も持てなくなっちゃった?」「…そうだね、もう期待することはできないと思う」静かなカフェで、二人は穏やかに酒を飲んでいた。もう、この一件は終わってしまったのだから。「あのさ、ヨシ」「うん?」「みどりはネットワーク上にも自分のデータを残していたと言っていたよな」「ああ」「分離してあんたの部屋にいるみどりとは、別々に動いているんじゃねーかと思って」「…その危険性はあるな、しばらくこっちのみどりはネットに繋げさせないのが安全かもしれないな。それに、あの写真の人物を探す方が先だ。しかし、ネットワーク上に偏在していたみどりがみつけられないのだから、ネットに繋がない人物なのか、それとも」「存在しねーのかもよ?」みどりは既にわかっていた。「わたくしの体も、この二人もきっともういないのね…」「…帰ってきて…」「誰?」prev: https://novels.thewhitenotes.net/?postid...next: 2024.4.25(Thu) 10:12:06 電子世界1
バス停に向かう方向に、人が道ばたにぐったりと倒れ込んでいる。何かがおかしい。ヨシの車の音が聞こえる。と、いうことは、「商売の始まりだな」。
アキは静かに階段を下りる。ヨシもニッとした笑顔で「よぅ、今日は大人しいな。変だよな、何か。ネットワークには繋いでないよな?」「いや、こんな時は状況がわかるまでヘタなことはやらないのがいい選択。アナログな方法で確認してからさ」
「だよな、さて、行ってみるか?役所にケーサツ、消防本部。常にネットワークに繋がれているあいつらはどうなってるかって感じじゃねーかな」「オッケー、行ってみるか」二人は車に乗り込んだ。アキは、あのウェーブがかった髪の後ろ姿を思い出しながら、前を見つめた。
早速ついてみるも、静まり返ったその光景に二人とも言葉が出なかった。「ヨシ、こいつは…」「うーん、すげえな…公務員ご一行様、ダウンしてやがる」「生きてるのは数人ってところだな、こりゃヤバい」その中に、トモエがいた。こちらには気づいていない。「とりあえず、こっちには接触しない方がいいな」ヨシは断言した。アキもヨシも、記録を残させていないとはいえ、できるだけ接触したくないと思っていた。「街に出てみるかな」アキは車のシートに座ってそう言った。「そうだな、ここじゃ人が少なすぎて様子がわからねえ」ヨシも同意した。「街の奴らはみんな起きてすぐネットワークに繋ぐからな、繋いだ先に何があるのかわかりやすいだろう」
「ウイルスか?ハックか?はたまたシステム屋のストか?警察や役所はすっかりストップしているようだけど、これだけじゃわからないな。ま、あたしたちに負けは無い」アキは長い髪を高い位置でひとつに結び、黒っぽい赤の口紅を塗った。「アキ、もっと可愛い色でも塗ってみればいいのに。きっとピンクも似合う」「いーよ、あたしの性格には似合わない」「こんないい女には何でも似合うよ」ヨシの言葉にアキは大笑いして、すぐに前をじっと睨んだ。
今、この街に何が起こっているのか。ターゲットは誰なのか。それとも、無差別か。そして、誰がこんなことをして得になるのか。わからないことばかりで、アキもヨシも本音では不愉快だったのだった。「何となく思い出す奴はいるんだけど、まさかねえ」とアキは言った。「推測でモノを言うのは確かにやめた方が無難だな、何事も根拠が大事だ、しかしこういう判断材料の無い時には、嗅覚が頼りになるんだぜ」ヨシはそう言った。
街をゆっくり通り過ぎる。他に動いているクルマは無かった。ハンドルを握ったまま、ヨシは言った。「変だな」「ああ、バスやタクシーさえ止まったまま…なんだこりゃ?」人が2、3人停留所のベンチに座ったまま気を失っている。起きてすぐにネットワークに接続する人ばかりではなかったのだろう。バスの運転手らしき人物は、目を開けて横向きに倒れたまま止まっていた。ヨシはクルマを止め、アキはその運転手の様子を探ろうと近づいた。運転手は普通バスの中にいるはずだが、その人は。
その瞬間、その運転手の瞳が動いた。意識を失っているはずなのに!
「アキ!」ヨシが縄をアキに投げた。アキの胴体にヨシの縄が巻き付き、ヨシが引っ張った。アキはすんでのところでクルマに戻された。バスの運転手は瞳がグルグルと回り続け、アキたちの方に手を向けた。「アキ!ベルト締めろ!吹っ飛ぶぞ!」猛スピードで走り抜けた。道が空いていて運が良かったとしかいいようのない状況に、アキは前髪をぐしゃぐしゃとひっかいた。「無差別ハックだな」イラついたアキに、ヨシは落ち着け、と一言。「ターゲットが決まってる様子じゃねーな」ヨシはするりとアキの縄を片手で上手にほどき、その手に短く持ち直した。
ヨシはアキの方を見ることなく、尋ねた。「あいつ、何か持ってたか?」アキは、「いや、何も」と答えた。「人の意志でやる行動にしてはおかしい。手を伸ばしただけで何をするつもりだったんだ?」
そしてその頃、気を失っていた人々が一斉に起きあがり、無表情のまま同じ誰かの声で「うふ…ふ…」と笑っていた。
この数日前から、ネットにある噂が流れていたことはアキも知っていた。「みどり、って知ってるか?」「ああ、あのホラーな噂だろ?勝手に他人のゲームの名前がみどりという名前になってたり、子供の学校の課題が全部みどりって書いてあったりする…あれ。どう考えてもハックだよな。」「ヨシ、どこに向かってるんだ?」「大学路のジューススタンド」その答えに呆れるアキ。「あのなあ…」しかし、すぐ異変に気がついた。「人が集まるところっていったらとりあえずここだろ?学生がいっぱいいるんじゃねーの」「…ん」バイクを降りた学生の目が開いていない。そして、何かつぶやいている。アキは遠くからその人物の声を聞き当てる。「…みどりが探してる、って言ってるな」
「ハックしてる当の人物は、どうやら数日前のゴチャゴチャと同一人物らしいな」「おい!早く車を動かせ!あいつらこっち向かってきてんぞ」「やっべえ、悪い」ヨシは車をアクセルを踏み込んだ。あの目がグルグル動いている学生たちが、その車の音に反応する。
「わたくしのハッキングにかかってない人がいるのね」細く柔らかい声で「みどり」は「言った」。その姿は小さな少女で、ロングのツヤのない緑色のウェーブヘア、細い手足。年齢は、どう見ても15歳に満たない。
「わたくし、ずっとこのままひとりぼっちなのかしら。人の意識を奪い取っても、人は何も教えてくれないわ」みどりはネットワークの中で遠くに手を伸ばした。「いつになったらわたくしはあの人に会えるのかしら」
「どーする?これはちょっと、どころじゃなくどうにも厄介そうだ」
「しかしこのままって訳にもいかないな」アキはちょっと考えて、言った。
「これを解決して、警察に利益を要求するのはどうだろう。何よりデータをとっつかまえてまた流すぞと脅せばいくらかはどっかから出すだろう」
「それは無謀だな」
「あたしの考えに口を出すのか?」
「アキ、お前もしかして…」ヨシは何かを思い出したように、アキを探ろうとした。
「さ、あたしたちはさっさとネットワークに入ろう」
「とにかく放置することに反対なのは同じだ…アキについていくよ。好きな女だ、いつだって守ってやるよ」
「かっこつけんな、気持ち悪ぃ」
ヨシの部屋から、電子の海に潜る。アキは結んだ長い髪をまとめてシニヨンにし、ヨシはメガネをゴーグルに変えて、ブクブクと音を立てて沈んでいく。この世界には色はない。しかし、そこに色のついた人、いや存在、生き物がいた。「わたくしの世界にようこそ、どうしてあなたがたはここにいるのに意識を保っていられるのかしら?わたくしを追い出しにでも来たのかしら、さあお答えなさい!」電子の海に軽い嵐が巻き起こった。アキはとっさにそれを避け、ヨシを引っ張って後ろに置いた。
「電子の海に誰か入った!」
「トモエさん、ちょっと」
ネットワークをモニタリングをしていた部屋はこの瞬間大騒ぎになった。
「これ以上の被害者を出しちゃいけない!私が行きます」
「でも、私たちの機材では入れたとしてもそれ以上のことは大してできませんよ」トモエの同僚は言った。
トモエの上司は「命令を待って!」と叫んだ。
「そんな」トモエは椅子に座り直し、モニターを見つめていた。
「ねえ、もっと詳細はないの」
「こっちに出てますよ」正面の男性が答える。
机の向こう側に行って、その画面に釘付けになった。
「見たことのある影…」「知っている人なんですか?」「はい、でも気のせいかもしれない」
「トモエさん、許可がおりました、装備がコレに入ってます」
ディスクがトモエに渡された。
「…余計な奴が来るな」アキは誰かがここに接続しようとしているのを感づいた。
「わたくしにもわかりますわ、それくらいのこと」
「知ってるかい?あのエリアは警察だよ。このままだと君は捕獲されるだろうね」ヨシは優しく言った。
「何故?わたくしは人を探しているだけなのに」
「人探しのためにハッキングかよ、ちょっとやりすぎじゃ…」
アキはみどりの姿をこの時はっきりと見てあることを思い出したが、これ以上何も言わなかった。
ヨシは言った。「カラダはどこに?すぐにこの海を出ないとヤバいぞ」
「わたくしにはカラダは無いの」
「出られねーんだよ、こいつは。一時的でいい、出られるように先に部屋に戻っててくれ、ヨシ」
「どういうことだ?」
「このみどりは、記録体だ。人格だけを取り出してこのネットワークの中にまとめて保存してある存在ってことだ」「そんなもんが…わかった」ヨシは水面へと向かっていった。
みどりはにこりと笑った。「あなたには魂も命もあるのね…」
その言葉に、思い出していたものに確信を得てうなづくアキは、小さく独り言を言った。「記憶は、失われたのか」
「こっちに来なさい!」電子の海の中で、みどりに言葉を投げかけるトモエ。
しかし、その姿は普段現実で見る姿とは違っている。長身で、ストレートの短髪。アキは一瞬ひるんだ。「アキ!どうしてここに?!」トモエを無視して、アキはこの場を離れることにした。「ヨシ、行くぞ、準備はできたよな?」みどりともども、こっそり海の上に出ていたヨシはシュッとふたりに縄を投げ捕まえ、水面の外に出してしまった。
「わたくし…出られないはずなのに…」
「俺がちょっとした領域を作ったのさ、今さっきな。ここの小さな部屋にいる分にはあんたは存在していられる」ヨシはひとつ付け加えた。「ただ、色々聞きたいことがある。だから、ネットワークからは離れてる。大丈夫、俺らが君を害するか、消滅させるしかない選択肢を持たないあの警察から守る代わり」 「あんたに、あたしたちの言うこと聞いてもらうよ」アキはみどりの目を見て、はっきりと言った。
「逃がしたって?!」「申し訳ありません!」「残念なことだ。しかし、もっと君には支援を送るべきだったことは私たちも自覚しなくてはね…」
「どういう…ことでしょうか」
「あいつらは賊にすぎない。だが圧倒的に実力が違いすぎる」 「僕もそう見積もります、何しろ僕らのマシンは古すぎて、彼らを追い切れませんでした」後衛を指揮していたトモエの同僚が言い放った。カネはすべて、マシンにつぎこんで生活する賊。それがアキと、彼女と一緒にいた男の本性。
「アキ…」トモエはアキのことを思い出していた。いつか、今では原因も分からずに喧嘩別れで終わってしまった。彼女はすべてに優しかったはずなのに、今ではあんな存在になってしまった。私が悪かった気がするのに、どうして、こんなことになったんだろう。私がずっとアキと仲良くしていたなら、こんなことにならなかった…?トモエはいつしか、自分を責めるような気持ちになってしまった。「そういえば…」彼女は、結婚しているはず。なぜ別の男性と一緒にいたのだろう。古い記憶の中にいたあの男性は、一体どこに行ってしまったのだろう。
「さて、みどり、話を聞こうじゃないか」アキは髪をほどき、床にあぐらをかいて座った。ヨシはキーボードを打ち続け、その領域の維持とより堅固な守りを作るべく画面を見ていた。「俺も聞いてるから続けてくれな」
みどりの画像が揺らいで、彼女が取り出したのは一枚のメモだった。
「うん…?この名前の人を捜しているのか?」
「アキ、だからこのみどりはその2人が作ったんじゃないのか」ヨシは一瞬だけ手を止めてアキを見た。
「さようです」
「それで、この2人を捜しているのか」
「ええ」みどりはうなづいた。
「名前は?」
「タカシ、と私の記録には残されていますが、もう片方の名前は消えています」
「片方しか残ってないか。そいつをどうしたいんだ?」アキは冷や汗をかいていた。
「…会いたいんです」
「作り手と再会したい、か…」「どうなんだろうな?」「さあね」ヨシはアキの持ってきた炭酸水を飲んで、「さあみどりさん、今日はもう休んで。俺のベッドでよければ」「…そうさせていただきますわ」「ヨシ、彼女に手を出すなよ?」「はは、触れることができないからそれ以前の問題じゃねーの?」「そうだな、肉体はどこにあるんだかな。あたしも、ちと調べてみるよ」知っているはずのことを、アキは嘘で隠した。ヨシは、気づいても何も言わなかった。言ったところで、アキは絶対に何も言わないだろうことを知っていたから。
ビル風が、ベランダにいるアキのストレートヘアをふわりとなびかせた。「アキは、俺と結ばれる気はないのかな?」「…あたしを口説いてる暇なんかないよ、さっさと色々調べるべきだ」「ま、そうだな」二人は部屋に入った。
その夜から、「みどり」による被害は無くなった。
「私…負けたんだね、あの強盗たちに。私、どっかで甘いこと考えてたんだと思う。」
ユウコは尋ねた。「どうして?友達だったなら、やっぱりそういう気持ちにはなると思うけれど」
「みどりを止められたのは結局アキたちだったし、アキたちは私を…邪魔者、違うかな、むしろ敵だと思っているからあんなことができるんだ」
「信じないの?期待も持てなくなっちゃった?」
「…そうだね、もう期待することはできないと思う」
静かなカフェで、二人は穏やかに酒を飲んでいた。もう、この一件は終わってしまったのだから。
「あのさ、ヨシ」
「うん?」
「みどりはネットワーク上にも自分のデータを残していたと言っていたよな」
「ああ」
「分離してあんたの部屋にいるみどりとは、別々に動いているんじゃねーかと思って」
「…その危険性はあるな、しばらくこっちのみどりはネットに繋げさせないのが安全かもしれないな。それに、あの写真の人物を探す方が先だ。しかし、ネットワーク上に偏在していたみどりがみつけられないのだから、ネットに繋がない人物なのか、それとも」
「存在しねーのかもよ?」
みどりは既にわかっていた。
「わたくしの体も、この二人もきっともういないのね…」「…帰ってきて…」
「誰?」
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