thewhitenovel
Little stories

夢か何かだったのかもしれない

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

もし、エゴのために動いたなら

「よう、気がついたか」「さっきまでお前は電子ウイルスに頭がやられていたんだ。さて、金を全部出しな」その男は地べたから起きあがった。黒いシャツを着た男が座ったまま2人を見つめた。男はその首を捕まえ、髪の長い小柄な女と目を合わせた。

女が続けて言った。
「命の危ないところを助けてやったんだ。それくらいもらわないと。それとも、ここで殺されたい?脳味噌を適当に操縦することくらいは、簡単なことだよ。立場を考えな」

「は、払う!けど、どうする、こっちは現金なんぞ昔に全部電子マネーにしちまったぞ」
男は立ち上がってそう言った。

「簡単なことさ、電子マネーのままで、もらうさ」
女はすっと手を出した。「同意を求めるまでもない」
彼女は一枚の小型キーボードを出して、エンターキーをポン、と押した。ぎゃあ、とその男はまた道路に膝をつき、頭を押さえて、地面を拳で殴った。
「じゃあね」

その二人は走ってその場を去った。男が小さなキーを押すと、この2人の足跡が小さな文字列になって、それが霞み、消えていった。

車に乗り込むと、男は、「いいのか?あいつ、全部合わせてもそんなに持ってなかったぞ」「いーの、だってそうしなかったら私たちだって飯が食えないよ。それに、あれを放置しておいたらいつ突発的に電子ウイルスをまき散らすか、自滅するか、わかんないじゃん。迷惑」「あいつのこと、まだ気に病んでるのか」「…そりゃーね」女は窓の外をちらりと見た。「隣にこんないい男がいんのに、つまんねーな」「おどけてないでちゃんと運転してな、あんただって妹亡くしてんの忘れられないんでしょ」「ま、お互い様ってことだーな」女はまた、外を見た。「あんたが生きてんのも、私のおかげって忘れないのはいい心がけだと思うよ?」

女、アキは車を降りて、男、ヨシに話しかけた。
「ヨシ」「なんだ?」「今日の売り上げ、いつも通り半分こね」「おお、ありがとな!もし何か足りない分があれば、早めに言えよな、さっさと使っちまうかもしれないからな。じゃあ、また明日」「また明日」アキはヨシの頬にキスをして、その場を離れた。

アキは部屋の照明をつけず、テーブルの電気スタンドの照明だけをつけた。そこには、アキと、自ら命を絶った男の写真があった。写真の中の二人は笑っていたが、今のアキはもう、笑わなかった。そして、アキはシャワーの栓を開いた。

脳裏に浮かんだ髪の短い少女の顔が笑いかける。「トモエは今頃まだ警察官やってんのかねえ…お嬢なのに結婚したからってあたしのことあんなに嫉妬しちゃって。今のあたしを知ったらどんなに喜ぶかねえ。あの体で情報警察なんて、よくやるよ。私のことを深く覚えてないはずだけど、気にしとかないとね」

キュッ、と音を立ててシャワー栓を閉める。長い髪を絞り、新しいバスタオルを勢いよく体に巻き付け、炭酸水を冷蔵庫から出して飲んだ。「ヨシも酒、やめればいいのに。今頃バカみたいに飲んだくれてんだろうな。カラダ壊しちまうよ」

ヨシは行きつけの飲み屋でカクテルを飲んでいた。カクテルは、量こそ少ないものの強いものもあるから、何となくヨシはそれを選んでしまうのだった。「なーんだ、またそんな気取ったもん飲んでんのかよ」「ああ好きだからな」「女みたいだな」「悪いな、俺は妹のために飲んでんだ」「なんだそりゃ」「もう希望がねえからな、俺が代わりに飲んでる」隣に来た酔っ払いは、気がつくともういなかった。

一つに結んだゆるいウェーブの髪が背中まで伸びた、少し小柄な女性が座っている。そこに、もう一人黒髪ボブの女性が現れた。

「トモエ、待たせちゃってごめんね。…警察の仕事はどう?うまくいってる?もうすっかりエリートだよね」 トモエは額をカウンターに当てて言った。「機材が古いし、通報があってから位置の確認やら書類上の問題でかけつけた時にはもう解決されていることがあって、私は失望するほかなくて落ち込んでばっかり」

「…どういうこと?警察が行かなくて解決つくようなもんなの?そういうのって…」「とんでもないヤツがいるの。そういうのを助けては脅して金を奪っていく」「ニュースではやってるよね…私にはそういうのはわからないけど…ねえ、ところでリストに載ってたんだけどほとんどの人が覚えてない人がいるんだよね。アキとは連絡取れる?私、同窓会開こうと思ったんだけど、アキとだけ連絡が取れなくて」トモエはカクテルを飲み干して言った。

「諦めた方がいいかもね。私に会いたくないんでしょ。男と一緒になって、私にあれだけ見せつけて嫌な思いをさせたんだもの、後ろめたいに決まってる。」それに、さっき言った強盗のデータがアキに似ててすごくイヤな気分になるんだよね…と喉のところまで出かかって、トモエは口をつぐんだ。「でも、捕まえてみせる」

「トモエ…久しぶりに会ったのに、嫌な気分にさせちゃったみたいだね、ごめんなさい」
「ユウコが悪い訳じゃないよ、こっちこそごめん」

この夜は、冷たい風の吹く真夏の夜だった。

突然、ユウコが立ち上がった。トモエは何が起きたのか理解できなかった。くるっときびすを返した。あっと言う間に走り去り、呆然としたままのトモエの挙動がおかしいことに気が付いた時にはもう遅かった。「ユウコ?ユウコ!どうしたの?」トモエはユウコを見失った。「トモエちゃん、どうした?会計は後でいいからな!」店のマスターが後ろから叫ぶ。

急いでユウコに電話をかける。応答はない。他の手段を…エラー。「ハックされてるか、乗っ取られてる?」同僚と上司に連絡を取る。「追いかけながら待機して!」「ち、了解っ」何でいつもこうなんだ、すぐ動けないんだ、と気持ちばかりが焦る。

「ヨシ!さっきまで飲んでたんじゃないの?!」窓を開けたアキはTシャツに膝までのデニム姿だった。感づいたのはトモエだけではなかった。「バーカ、ほとんど口もつけてねえよ!一時間半も経ってねえ、さっさと降りてこい!いいお客だ!どうやらけっこう持ってるぞ!」「オッケー!」ばさっ、とバルコニーに出て外から鍵をかけ、飛び降りる。助手席に乗ったアキはヨシの出した画面でターゲットのデータを確認すると、「こりゃあヤバいわ、あたしは顔出せない」「昔の知り合いか?」「そー、だからちょっとしたことであたしの身元に感づくかもしれない。そういう面倒くさい奴がいるからさ」「いいよ、俺が出る!頼むぞ!」「任せな!」キーボードをいくつか出して固定し、ガチャガチャ叩いていた。「繋がった!位置は…2ブロック先の左!」「OK!」

「彼女の位置が特定できません!その界隈の通信に使える余地がありません!」「誰かが接続してるってこと?!ちょっと、ウイルスかなんかから発信してるんじゃないの?!」「どうやら、他からアクセスされているようです!目視で位置を確認できませんか、トモエさん!」「あの子の足ではありえないほどの速さで走って行ってしまったんですよ!あの子はもっとおっとりとしてて…!」

「行くぞ、クルマはここに置いていく!」「ヨシ!気をつけてな!」「心配はさせねーよ!」ヨシはユウコに縄を投げつけ、縛り上げた。

「トモエ、さっきの音は?」「近い、行ってみる!」

「「アキ、このタイミングで頼む、3、2、1」」「「はいよ!」」アキはエンターキーとエスケープキーを順番に押した。「ユウコ」は動きを止めて座り込んでいた。

「いやあ、すごいモノにとりつかれちゃったねえ、お嬢さん。さて、有り金全部」と言ったところで後ろから大声が聞こえた。

「強盗!」トモエはヨシに銃を向けた。「…役立たずさん、もっといいの揃えな?この子にアクセスできなかっただろ」トモエは自分の目に映っているものを本部に送信しようとして気がついた。「今、あんたは止まっちゃってるはずなんだよね、悪い悪い。ついでに機能停止させてるよ。でもさすがに女を失神させるのは悪いよね~」トモエは目の前が眩んでいくのをどうにもできなかった。画像を脳内への保存すらロックされていることに、この瞬間気がついて愕然とした。ヨシは既にトモエを見ていなかった。

「さて、お嬢さん、命は助かったんだ、有り金全部いただいていくよ」「しかたありません…」「いい判断だ、目の前が真っ暗だろう?俺がいなくなったら動けるようになるからな、心配すんな」トモエはその会話を耳にしているというのに、もう目を動かすことすらできなくなっていた。

「「ヨシ、もうそこの痕跡を消すよ」」「「オッケー、了解っ!」」ヨシはビルの間を上っていった。そして、その足跡すら、細かい文字列にフワフワと消えていった。アキがすべてそうしたのだった。

ヨシは車を出した。
「けっこう稼いだじゃん、また半分こだな?」
「今日はアタシが外に出なかったからね、少しくらいやるよ。その代わりさ」

「俺と暮らさないか?」アキは返事をせずに窓の外を見た。「まだダメなのかよ」「ヨシってさ、ホントお節介だな」「お互い様」「アキはしっかりしてるけどさ、少しくらい俺に傾いてくれたっていいじゃん?」片手をハンドルから離して、ヨシはアキを抱きしめた。「ばーか、運転中にやめな、クソ暑い」

「帰るのか?」「…そりゃね」熱風がアキの長い髪を揺らす。「俺は早くアキと結ばれたいよ」「…年取ったら考えるよ」「辛い台詞を簡単に言ってくれちゃうねえ。じゃ、ゆっくり休みな」「じゃあね」

「まったく、あの女好き」アキはそんなことをつぶやきながら、他のことを考えていた。「トモエ…あいつ本当に厄介だな」

電子世界1

■---voice---

すべてはフィクションです。

ご不便おかけしますが、目次カテゴリからご覧ください。

編集

  • ハッシュタグは見つかりませんでした。(または、まだ集計されていません。)