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Little stories

夢か何かだったのかもしれない

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

湖、動く
朝になると、砂漠の強い直射日光が突き刺さるその痛みから逃れるために厚い麻のかぶりものをして汗をかきながらロプ湖を観測し続ける二人がいた。

「タイヤン、あの子は現地人か?」「いや、もう暗かったからよくわかんないんだけど…俺に昨日の夜、ロプ湖が来てるって教えてくれた。漢語だったぞ」「本当は湖からあがっててほしいところだけど、そういうことなら追い出す訳にもいかないか」彼女は湖の中程で泳いでいた。

ここにテレビの電波は届かない。もちろんラジオもだ。この砂漠で頼りになるのは方位磁石と、空からの電波と、夜の闇に閉ざされるその時間以外照りつける強烈な直射日光で蓄電した電力、そして週に一度訪れるヘリでの食料や水などの追加。ここは何度も民族同士の戦地になり、時代を経た貴重な品物はほとんど失われてしまった。それと共に、かつてここを守っていたその民族は散り散りになり、内紛を起こした国家も新しいスタートを切ったところだった。そういった事情で、治水のために現状を調査するためにこの若い2人が呼ばれたのだった。タイヤンとガオシンは貴重な、都市部からの人間だった。

「こりゃ、いい水だな。タイヤンはどう思う?」「想像以上に質がよくて驚いたよ。何しろ」「あれだけの大騒ぎになった場所だというのに、こんなに綺麗な水が流れているとはね。この塩さえ取り切れれば、人が住むには十分だ」

水の音をはねさせて、あの女性がこっちに近づいてくる。「もう、この湖はここを去ります」
「は?」
「もう、この湖はどこかに行ってしまうんですよ」

湖をやっと見つけるまでに到ったのに、移動してしまう、と彼女はそう言ったのだった。

「どこへ?」
「どこかへ」

「あの…」ガオシンが彼女に話しかける。「その、根拠は何なんですか」
「昔の本を、あなたたちはもうちょっと読むべきだと思うよ、それ以上言う必要はないでしょう。…Der Wandernde Seeと、昔は別名がついていた湖なのに」

「どうして、知っているんですか」

彼女は背を向けて、廃墟の方へ行ってしまった。本当に、この強烈な日光とは対照的なほど、冷たい態度だった。

ざ、ざ、と水がゆっくり動いていた。いや、揺れ始めたと言うべきか、しかし、湖水は確かに、間違いなく動いていた。

「Der, Wandernde,See…」
それはドイツ語での別名だった。ここからドイツはとても遠いけれど、その昔、ある探検家が「さまよえる湖」という仮定を作り上げたのだった。しかし、その後湖自体は消え、空からの観測が可能になった昨今では「もう消えてしまった」と結論が出ていた。この湖は別の湖であるはずなのに。

「消えたはずの湖」、そのことを思い出すのに、タイヤンは少し時間がかかった。「ちょっと待って!」既に遠くを歩いていたその女性は振り向いた。「どうして、あんたはそれを知ってるんだ?覚えてるんだ?」「話すには条件がある」「何でも聞くよ。構わない」

彼女は廃墟になった建物に背中を寄せた。
「ここでの核実験や戦争をとめて」
「俺はただの研究者だ!そんな力があるとでも?」
「砂漠には水脈があり、あなたには人脈があるのでは」
「そりゃ、俺をここに呼んだのは先生の」
ここでタイヤンははっと気がついた。

「俺がここで研究を続けるには、ここで戦争を起こされちゃダメなんだ」
「共通の目的だね」
彼女は近づいてきて、重そうなかぶりものを引っ張り、目を見せた。驚くほど肌は真っ白で、瞳は明るいグリーンだった。「あなたは、ここの地元の人じゃないのか」
「the last rose of summer...」彼女はタイヤンに顔を近づけて、歌の一節を歌った。すっと顔を離し、あっちを向いて話し続けた。
「既に私の民族は散り散りになって、他の国へ離れていった」
「あなたは難民にならなかったのですか」
「私は、その民族の中で嫌われ者だったから」
タイヤンがためらいながら言いたくない言葉を口に出した。
「混血だからですか」
「そう、でも時々街に行けば充分な収入はあるからこの自由も悪くない」
「ここから、街へ?相当遠いんじゃ」
また、彼女は後ろ姿を見せようとしたので、タイヤンはつい引き留めるように尋ねた。
「名前は?」
「訊くなら自分から名乗るべきではないかな」
「李太陽。これで訊いてもいいだろ」
「月亮」
「ユエリャン…もし別の名前もあるなら、訊いてもいい?」
「Christine」
「クリスティーン?どっちで呼んでほしい?」
「話しやすい方で。あなたは中国系でしょう、ユエリャンで充分。でも…」
「でも?」
「私はもうじきここからいなくなるから」
彼女はすっと離れていった。
「私はロプ湖と生きているの」
「移動して暮らしているってことかい?」
「そう、いいでしょう。素晴らしいことでしょう」

「だから、じゃあね、タイヤンが探し続けるつもりなら、たぶんまた会うでしょう」

ガオシンの呼ぶ声が聞こえた。
「あのな!突然いなくなってどういうつもりだよ?」
「ご、ごめん」
「今日は色々調査することがあるって言っておいたんだから、それくらい消化させてくれよ!」

「ごめん、ガオシン。あのな、この湖は動くんだな。」
「えっ?」
ざざ、ざざ、と水が流れていく。
「おい!本当に動いてるってことなのかよ!この平坦な土地で!昔話がよみがえったとでも?」

タイヤンは荷物をまとめながら言った。
「ガオシン、とにかく行こうか、追いかけないと」

より高台から川が湖に流れ込んでいる。
水は低きに向かって流れる、それは常識だ。
でも、この湖は平坦なこの土地で動いている。

「タイヤン…この動きは一体いつまで続くんだろうな?」
歩き続けること半日。ゆっくりであっても、やはりひどい疲労がたまってくる。
突然すさまじい音が響き、驚いたガオシンは悲鳴を上げた。
タイヤンは呆然と見ているほかなかった。

なんと、その後湖は一滴の水も残さず、消えてしまったのだった。
二人の落胆は相当なものだった。
「これは…どうすればいいって…」

「探し続けるなら、また会うでしょう」
ユエリャンが言った言葉を、タイヤンは思い出していた。

さまよえる湖

■---voice---

すべてはフィクションです。

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